東京メトロに乗ったつひでに、今月二日に閉館した中野サンプラザを見納めに、中野驛まで足を伸ばす。
忘流の忘師について日本舞踊をかじってゐた昔、ここの一室を借りて行はれた一門の温習會(おさらいかい)に一度だけ参加した際に、来たことがある。
季節はちゃうど夏、師匠形見の絽の黒紋付を着て、素踊りを踊った。
曲目なんて、もふ忘れた。
古典の骨法を改めてしっかり身に付けやうと、かなりしっかり稽古したつもりだったが、立派なのは觀世骨の扇ばかり、いろいろな意味で手應への無い結果に終はった。
いや得たものはあった、一つだけ。
「この一門も、私の居場所ではないな」──
急逝した師匠について、口先ばかりのお悔やみばかり聞かされることに、いい加減うんざりしてゐた折でもあった。
その年のうちに、私はこの一門も離れた。
新しいものを得るためには、旧(ふる)いものを棄てる必要もあることを、この時に學んだ氣がする。
もちろん、中野サンプラザにはその後行くことはなく、せいぜい電車の車窓から、視界にチラリと入る程度だった。
件の建物は、近日取り壊しになると云ふ。
構はん。
さっさとやれ。