港野喜代子さんの第一詩集『紙芝居』(昭和27年。爐書房)の中に印象的な詩がありました。
「蜂供養」です。
蜂供養
港野喜代子
少年は瓶に集めた蜂を部屋の中に次々放し
弟や妹の悲鳴を平然と見ている
蜂はうなり舞いガラスに当身で怒り立つ
彼は今日何を持て余しているのか
何故素直に母にぶつけて来ないのか
ここ数日のもの足らぬ食事のことか
昨日までせがみつづけて拒まれたグローブのことか
終りに近い夏休みのたまつた宿題のことか
それとも彼は何か悲しみを知つたとでもいうのだろうか
それが悲しみであることも識らず
キラキラと剣ある虫を戸迷わせようとしているのか
戸外に妹らが逃げ出そうとするのを
傲然と押し返し
彼は更に次の瓶の蜂を放つ
母はたまらなくなつて
彼の肩をつかみよせようとした
突如、彼は窓を開いた
蜂共は数日の或は十数日の囚われから
一直線に秋を光らせて生きのびて行く
蜂の種類をここまで集めただけが
彼のこの夏の仕事でしかなかったのに
あと数日で止どめ並べようと彼は箱も出してあるのに
今、少年は窓に足をかけたままでいる
きつと涙をためているに違いない
やがて彼は振り返りざまワツと泣いて
あの寶、全部戻せと母に責めつくことであろう
港野喜代子詩集『紙芝居』(昭和二十七年爐書房)より
「蜂供養」です。
蜂供養
港野喜代子
少年は瓶に集めた蜂を部屋の中に次々放し
弟や妹の悲鳴を平然と見ている
蜂はうなり舞いガラスに当身で怒り立つ
彼は今日何を持て余しているのか
何故素直に母にぶつけて来ないのか
ここ数日のもの足らぬ食事のことか
昨日までせがみつづけて拒まれたグローブのことか
終りに近い夏休みのたまつた宿題のことか
それとも彼は何か悲しみを知つたとでもいうのだろうか
それが悲しみであることも識らず
キラキラと剣ある虫を戸迷わせようとしているのか
戸外に妹らが逃げ出そうとするのを
傲然と押し返し
彼は更に次の瓶の蜂を放つ
母はたまらなくなつて
彼の肩をつかみよせようとした
突如、彼は窓を開いた
蜂共は数日の或は十数日の囚われから
一直線に秋を光らせて生きのびて行く
蜂の種類をここまで集めただけが
彼のこの夏の仕事でしかなかったのに
あと数日で止どめ並べようと彼は箱も出してあるのに
今、少年は窓に足をかけたままでいる
きつと涙をためているに違いない
やがて彼は振り返りざまワツと泣いて
あの寶、全部戻せと母に責めつくことであろう
港野喜代子詩集『紙芝居』(昭和二十七年爐書房)より