少し前に詩集をお贈りいただいていた。
河崎洋充詩集『菜の花の駅』(編集工房ノア刊)です。
装丁は森本良成さん。
著者は河崎洋充さん(1952年生まれ)という人。
わたしは存じ上げない。
ということはノア社主の涸沢さんのお手配によるものでしょう。
とりあえず頭から読み始める。
質の高い作品だと思う。多分ベテランなのだろうと。
言葉がよく選ばれた読みやすい詩が並ぶ。
わたしは上手だなあと思いながら、しかし淡々と楽しませてもらっていた。
ところが、ところがである。
詩集は三部に分けて構成されているのだが、そのⅡに入ったとたんにわたしは、
身を乗り出してしまった。眼を見開いてしまった。
「これは本気で読まなくては!」と感じたのである。
「中空に書く」という詩がある。
←二段階クリックで。
それまでの詩と、通底しているものは同じなのだが、詩としての趣は全く違う。
いや、わたしだけがそう感じるのかもしれない。
とにかく、Ⅱ、の母親に関する詩群はわたしの心を捉えた。
ドラマチックなのである。
ということは、この作者の人生もドラマチックというわけだ。
しかしそのことを大げさに言うわけではなく、さり気ない。
淡々と書き進めて行く中に深い思いがこもっているのがよく解る。
それが読者の胸を打つ。
「母の日」という作品がある。
母が、また消えた
舞台袖にでも引っ込むように
微笑みも労いの言葉もなく
しかし、私はいつもそんな母を捜しにいく
三度も捨てられても
母が、夜中にそっと戸を開け
優しく私を抱きしめに
帰ってくれるのを待っていた
明け方の寒さに身を縮めながら
横に敷いた布団の手触りの冷たさに
掛け布団の端を強く噛んだ
慈母の顔をした母
夜叉の心を持つ
鬼子母神だった母よ
別れて二十年余り
ついに今生で暮らすことは叶わなかった
敢えてスキャンせずに文字を打ち込みました。
跋文を太田登という人が実に丁寧に書かれているが、わたしはそれを参考にせずに読ませてもらいました。
河崎さん、涸沢さん、いい詩集を読ませていただきましてありがとうございました。
河崎洋充詩集『菜の花の駅』(編集工房ノア刊)です。
装丁は森本良成さん。
著者は河崎洋充さん(1952年生まれ)という人。
わたしは存じ上げない。
ということはノア社主の涸沢さんのお手配によるものでしょう。
とりあえず頭から読み始める。
質の高い作品だと思う。多分ベテランなのだろうと。
言葉がよく選ばれた読みやすい詩が並ぶ。
わたしは上手だなあと思いながら、しかし淡々と楽しませてもらっていた。
ところが、ところがである。
詩集は三部に分けて構成されているのだが、そのⅡに入ったとたんにわたしは、
身を乗り出してしまった。眼を見開いてしまった。
「これは本気で読まなくては!」と感じたのである。
「中空に書く」という詩がある。
←二段階クリックで。
それまでの詩と、通底しているものは同じなのだが、詩としての趣は全く違う。
いや、わたしだけがそう感じるのかもしれない。
とにかく、Ⅱ、の母親に関する詩群はわたしの心を捉えた。
ドラマチックなのである。
ということは、この作者の人生もドラマチックというわけだ。
しかしそのことを大げさに言うわけではなく、さり気ない。
淡々と書き進めて行く中に深い思いがこもっているのがよく解る。
それが読者の胸を打つ。
「母の日」という作品がある。
母が、また消えた
舞台袖にでも引っ込むように
微笑みも労いの言葉もなく
しかし、私はいつもそんな母を捜しにいく
三度も捨てられても
母が、夜中にそっと戸を開け
優しく私を抱きしめに
帰ってくれるのを待っていた
明け方の寒さに身を縮めながら
横に敷いた布団の手触りの冷たさに
掛け布団の端を強く噛んだ
慈母の顔をした母
夜叉の心を持つ
鬼子母神だった母よ
別れて二十年余り
ついに今生で暮らすことは叶わなかった
敢えてスキャンせずに文字を打ち込みました。
跋文を太田登という人が実に丁寧に書かれているが、わたしはそれを参考にせずに読ませてもらいました。
河崎さん、涸沢さん、いい詩集を読ませていただきましてありがとうございました。