Creator's Blog,record of the Designer's thinking

フィールドワークの映像、ドローイングとマーケティング手法を用いた小説、エッセイで、撮り、描き、書いてます。

ドローイング574. 小説:小樽の翆502.幕間 空間感と光

2022年02月11日 | drawing

 

 今月は小説:小樽の翠を4回しかアップしてないのに、幕間とはこれいかにだ。

 他所の話題が多かったので頁を取られてしまった。最近アップする記事のローテーションみたいなものがあって、毎月11日は幕間とし、小説から他の話題に転じている。

 作業量を見計らいながらクロッキーデッサンを着彩しイラスト化するというのも、ブログのイラストは消耗品だからだ。ここに精魂込めて描こうという時間はない。どちらかといえば、すぐに忘れ去られる消耗品だからこそイラストなのだろう。

 それでも1年以上つつけていると、これは描けたというイラスト作品は、いくつかある。それを集めて東京のカフェで個展をしようと考えているうちに、時間もたってしまった。

 じゃあ、個展を開いて私的に何かの意味があるかと思うと、実は皆無。通り過ぎる街の風景の1つに、私のイラストが登場したところで人々の眼にとまることはなく、記憶もされない。それだけ私達の日常はイラストであふれている。つまりお菓子の包装紙のイラストと同等の気分でしかないだろう。

 そう思うと、個展なんて面倒くさいという結論になる。

 もう一つある。昔美大入試のためにデッサンや水彩画は勉強してきたから描けるはずだと思っていた。しかし今は描き方を忘れている。それでブログ用に描きながら技法を思いだそうと試行錯誤だ。

 そこでブログ用に毎日描くのは技法を思い出す上でも調度よい訓練だが、それでも一寸の間だけ描かなでいると、人体などはボディの面の構成がわからなくなっている。随分前に描いたクロッキーだから、面の構成を忘れているのもあるのだろう。

 裸婦を使って何を描こう、あるいは表現しようとしているかといえば、空間と光だけなのである。2次元空間に奥行き感のある3次元的空間と、空間の中を走るまわる光を描きたいだけである。そのために人体や風景を借りているに過ぎない。といってそれは絵具の混合技術も相当数関係があるので容易にゆかない事が多い。

 そう考えていたら昨年水害にあってから、高台のアパートに引っ越したフィリピンのNIKKAの家が住めるように整ってきた。ならば長逗留して描きながらブログにアップさせようという企画もありそうだ。

 そしたらNIKKAから「あなたは、私の裸を描いたら発表するでしょう。私は女ですよ」だって(^_^)。違う国の空気の中に長期滞在するというのは、私の当面の夢だけど・・・。

  さて、いつもデスク周りの画像を幕間の挿絵にしている。ここまでマクロ撮影ができて簡単に撮れるからiPhonで十分だ。撮れば即Air LanでMacに保存され、ブログに使うことができる。ブログを書くテンポを阻害しないところが優れものだ。こうなるとデジタル一眼レフへの関心がさらになくなる。ニコンだキャノンだといわれても大きいし、操作が面倒だし、こちらは、そんな高画質は望んでいないし・・・。そんなわけで撮影機材を取り出す機会が急速に減少した昨今である。

 

iPhon13pro

ISO160,焦点距離26mm,露出補正0,f/1.8,1/60

コメント
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