映画「不都合な真実」を見て

この映画で大いに励まされた。
 世界の状態を見て、ふと自分の悲観的な思い込みではないかと、しばしば不安になることがあったが、この映画を見て密かに市民権を得たようで、ほうとしたのも実感だった。
 環境問題は 深刻にもなる話だが、ゴア氏の政治家の素からか、ユーモアを交え明るく、しかも地球規模のデーターや現実の変化を心をこめて真摯に語っているのが、映像ではっきり分った。
 「今なら何とかなる」という具体的な根拠も示していた。最も心に残ったメッセージは、このままいくと、今いる子ども達が我々の年になる頃(私より10歳ぐらい若い)地球は人類が生き延びられるかどうかを問われる大きな危機に迫られる。子ども達も一緒に『地球を残してほしい』と訴えてほしい言うメッセージだった。
 ゴア氏をこの行動に突き動かし、身を投じさせたのは、自分の子どものだったし、地球を救うよう訴える主体に期待しているのも子どものようだった。これも当然で
で理にかなっていると思う。
 私もブログでも時々使わせていただいた【鍋ガエル】の話が出てきたのも親しみを感じた。
 自分に残された時間の意味をよりはっきりさせてくれたようで、すっきりした気分になった。「面白いとか」「感動した」をはるかに超した、自分のあり方を理屈抜きに問う映画だった。
 私は近くの府中市で見たが、お客さんは閑散。京都議定書を批准しなかったアメリカでさえ予想外のブームになったと言うのに、この違いは何だろう?また、日本にこの分野で

(まじめに、熱心にメッセージを出している人は知っているが)強い影響力を持ったリーダーを思い浮かべられないのはどうしてだろう?この違いは何か?

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