論者の説明では 分からない

 

 

           NHKの日曜討論会でイラク情勢を論じていたが、解説している事がよく分からない。(理解できる人がどれだけいるか疑問だが)  専門家として登場している論者自身が

      本当に分かっているのか 意識してキーワードをを抜いて話しているのか 結局分かるような分からない話ばっかり。

      世界が 強者が弱者を 強国が弱小国を お金と力でを支配している現実(新植民地支配)を抜きにどの論者も説明している。

        (国内問題のニュース解説もこのパターンで 現実を無視したものが多いが 専門家にとっても素人にとっても現実に変わりない。)

        

       

     

 

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ユニークな体制

 

   先ほどのニュースは

 新たなスペイン国王が その着任式で「憲法を守り…」と宣誓しているのを伝えていた。

   立憲君主制のスペインン国王がそう宣誓するのは当然のことだが、主権在民の日本の政府が勝手に解釈で憲法を変えられるとしたら、その国家体制はどう言えばいいのか? 
     
      無法民主主義とでも名付けられるのかもしれないが 前例を聞いたこともないユニークな体制を編み出しているのかもしれない。    ともかく、マスコミの総結集した力なしには 成し得ないことである。

  国民はいつの間にか マスコミ情報を チェックできないほど マヒしてしまったようだ。 

 

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広い世界にただ一人(愛のテーマ)

 

   世界は超大国アメリカを中心に動き、情報はアメリカを中心に流される。

   アメリカは世界の為ではなくアメリカの為に存在している。 世界の多くの国や人々は例外を除いては アメリカを中心に状況を認識し行動する。

  世界の人々が 世界を中心に平和と繁栄を考え行動する日はいつか?

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無理な注文

 

     生まれてはじめてだろうか? 昨日は 早起きして外に出て見たら 近所の人は とっくに起きて畑仕事に出かけていた。

       帰りは 近所の農家の人から サクランボやリンゴジュースを山ほどいただいて帰ってきた。

     夕方、スーパーへ行ったらサクランボやリンゴが山になって売っていたが 子どもの姿はない。

       夜遅く塾から帰ってきた子どもは 「いただきます」とは言うものの、テーブルに載ったサクランボにどれだけの想像力が働くだろう?

       もともと 無理な注文かも知れないが…子どもは 自分の生きてる根源を想像も出来ずに大人になちゃう。 

    

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マスコミの言いなりになっている社会

 

     お金が支配するこの世界が 根源的に戦後の新植民地支配が原因していることは明らかなのに、義務教育からもマスコミ情報からも墨を塗られたように消えている。

   新植民地支配を抜きに国際関係や紛争を分析し説明するのは無理だと思う。

   「テロとの戦い・ウクライナやイラクの情勢」を伝えるニュースやニュース解説を聞いてその状況を心から理解し納得している人がいるとは考えにくいが、 大方の人は分かった気になる。

   これが マスコミの力だろう。分かっても分からなくても マスコミの言うまま動いているのが 現代社会に生きるわたしたちの実像であり 現在の世界ではないだろうか。

    

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現実から目を逸らした「…たら …れば」は政治家の仕事ではない

 

       政治家はやたらな信念や (たら れば)で動くものではなく、先ずは現実に横たわる問題を解決すべく動くのが仕事ではないだろうか?

    (たら、れば)論議をするならば こんな私だって とっくの昔に億万長者になっているし、 大リーグやサンパウロで大活躍しているかもしれない。

  政治家は そんな論理的レベルの議論をながながとやっていないだろうか?

  原発を止める国も出てきている中で、国のリーダーが原発を世界にセールスしておきながらの現実から目を逸らした(たら、れば)的「安全保障」の検証を曖昧にしながら進めている。

    

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 きりがない(…たら、…れば)

 

   毎日70人以上の人が自殺し命を失なっている国が 仮想敵国が攻めて来た時に備えて(国民の命を守る。)為に急いで軍備を整えると言う。

  連日起きている現実と(…たら…れば)のどちらが急務か。 目の前で命を失っている人を見ながら誰の安全を保障しようと言うのだろう?

  (たら、れば)を言い出したらきりが無く、国だけでなく個人の生活も成り立たない。世界Ⅰの借金や異常気象、原発事故などを棚に上げるほど

   中国や北朝鮮の武力攻撃が確率的可能性がに高いとどうして考えられよう。

   一方は少なくてもここ60年以上大きな武力衝突も無く、一方は連日、現実に起きている。

 安全保障上(たら れば)を優先するほど余裕は無いと思うが。

    いつの間にか(誰がまき散らしているのか) 『おたく』のようなさ迷い方が 伝染病の様に拡がっている

     

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分かりきっている事実

 

   人類は皆、世界の平和と繁栄を願っているだろうし、各国のリーダーはその立場にいる筈なのに、誰一人として具体的な言説で それが感じられないのは何故なんだろう?

   リーダーは皆、無限な地球ならならいざ知らず、有限な地球空間の有限な資源を国益だからと言っているが、 元々 争って求めても かなえられることは有り得ないことは分かりきっていることなのに。

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信じられない理由

 

     経済の断面を表す経済指標は無数にあるが、全体の実態を表す指標は無く、現時点では統合された評価は感覚に頼らざる得ない。

       にもかかわらず、政府やマスコミは不都合な指標は排除し、都合の良い指標を操り『経済回復』のPRに努めているように見えてならない。

    なりふり構わない経済活動を進めているにも関わらず、セイフテーネットの生保や年金が削られ、自分たちで返せないどころか子孫に残す借金は増加の一途をたどっているのに、どうして『経済は回復している』と言えるのか。

      

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「あったことをありのまま書く」

 

   政府やテレビや新聞のマスコミはいずれも「日本の経済は回復している。」との見解を明らかにしその情報を伝えている。世論調査の結果は大多数の国民がそれを支持していると言う。

 本当に大多数の国民が「日本の経済回復」を実感しているのだろうか?

  情報と実感が一致しているならそれはそれで結構なことだが、もし足元を振り返り確かめ一致しないとすれば、困ったことになる。

  実感から離れた意識をもち実感を伴わない行動をすることになるのだから。 一人一人は自分の感覚を信用せず、出回っている情報で行動している事になる。まさに自信を失った人間の行動の形である。

  そうあっては欲しくないが、情報と実感が一致しているとしても、実態が伴ってなければ さらに不幸である。

   「日本の経済が回復している。」と どうして信じらよう。 改めて「あったことをありのまま書く」を思い出す。

   

 

  

   

   

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