浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

東京新聞

2015-05-03 23:49:58 | メディア
 今日の『東京新聞』は見事と言うしかない。紙面のほとんどが、平和を希求している。

 ボクは『中日新聞』を購読しているので、「中日新聞プラス」から『東京新聞』のすべての記事を読め、また印刷もできる。毎日チェックしているのだが、素晴らしいと言うしかない。『中日新聞』東海本社版は、『東京新聞』掲載記事のすべてを載せるわけではないので、『東京新聞』をネットで見るのだ。本当は、『中日新聞』ではなく、『東京新聞』を購読したい。

 今日の一面は、「平和つなぐ」として美輪明宏さんの「危機迫る憲法 自作反戦歌今こそ」。一面コラム欄の「筆洗」は、シベリア抑留で亡くなられた人のこと。
 2面は、小林武もと愛知大学教授のインタビュー記事。小林さんは憲法学者。
 3面は、安倍首相の米議会演説のことについて。

 そして4面は、社説。すでに全文を紹介した。そのとなりには慶応大学教授粂川氏の、東京新聞だけが正確に報道していたという「新聞を読んで」。

 12面は、文化座代表の佐々木愛さん。文化座も、反戦平和を訴え続けてきた劇団だ。

 そして14~5面は、全面で沢地久枝さんと弁護士の竪十萌子さんとの対談。これもスゴイ。

 特報欄は、沖縄の反戦牧師の話。これも感動的。

 『東京新聞』は、NHKやテレ朝に対する自民党による報道の自由への抑圧に関して、特報欄でその問題性に言及しつつ、メディアの側に抵抗や批判の精神がないことを指摘していた、という及川氏の「新聞を読んで」の記述に同感。

 頑張れ、東京新聞!!
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『中日新聞』社説 憲法記念日に読む

2015-05-03 23:42:09 | メディア

戦後70年 憲法を考える 「不戦兵士」の声は今

2015年5月3日


 昨年は集団的自衛権の行使容認、今年は安全保障法制…。政権の次の狙いは憲法改正でしょう。戦後七十年の今こそ、しっかり憲法を考えたいものです。

 昨年暮れに「石見(いわみ)タイムズ」という新聞の復刻版が京都の出版社から出されました。社屋が島根県浜田市にあった、この小さな地方紙の創刊は一九四七年で、今のところ五三年までの紙面が読めるようになったのです。

 故・小島清文氏が主筆兼編集長を務めました。小島氏が筆をふるったのは約十一年間ですが、山陰地方の片隅から戦後民主主義を照らし出していました。
◆白旗投降した海軍中尉

 「自由を守れ」「女性の解放」「文化の存在理由」「文化運動と新しき農村」…。社説を眺めるだけでも、新時代の歯車を回そうとする言論の力がうかがえます。

 例えば「民主主義の健全なる発達は個人の教養なくしては望めないし、自らの属する小社会の改善から始めねばならない」などと論じます。日本に民主主義を根付かせ、二度と戦争をしない国にするという思いがありました。何しろ経歴が異例な人です。

 小島氏は戦時中、慶応大を繰り上げ卒業し、海軍に入りました。戦艦「大和」の暗号士官としてフィリピンのレイテ沖海戦に従います。その後、ルソン島に配属され、中尉として小隊を率いました。

 でも、この戦いは米軍の攻撃にさらされ、同時に飢えや病気で大勢の兵隊が死んでいきました。ジャングルの中は死屍(しし)累々のありさまです。「玉砕」の言葉も出るほどの極限状況でした。

 小島氏は考えました。「国のために死ね」という指揮官は安全な場所におり、虫けらのように死んでいくのは兵隊ばかり…。連合艦隊はもはや戦う能力もない…。戦争はもうすぐ終わる…。考えた末に部下を引き連れて、米軍に白旗をあげ投降したのです。
◆傍観者では亡(ほろ)びの道

 この投降を誰が非難できるでしょうか。むしろ「生きて虜囚の辱めを受けず」という「戦陣訓」により、死なずに済んだ命は無数にあったはずです。白旗は無責任な戦争指導への非難にも思えます。

 小島氏の名前が世間に知られるようになるのは、新聞界を退いてからずっと後です。八八年に「不戦兵士の会」を結成し、各地で講演活動を始めたのです。ひたすら「不戦」を説きました。

 九二年に出した冊子ではこう記します。

 <戦争は(中略)国民を塗炭の苦しみに陥れるだけであって、なんの解決の役にも立たないことを骨の髄まで知らされたのであり、日本国憲法は、戦勝国のいわば文学的体験に基づく平和理念とは全く異質の、敗戦国なるが故に学んだ人類の英知と苦悩から生まれた血肉の結晶である>

 憲法の平和主義のことです。戦後日本が戦死者を出さずに済んだのは、むろん九条のおかげです。自衛隊は本来あってはならないものとして正当性を奪い、軍拡路線にブレーキをかけてきました。個別的自衛権は正当防衛なので、紙一重で憲法に整合しているという理屈が成り立っていました。

 しかし、安倍晋三政権は従来の政府見解を破壊し、集団的自衛権の行使容認を閣議で決めました。解釈改憲です。今国会で議論される安全保障法制は、他国への攻撃でも日本が武力行使できる内容です。「専守防衛」を根本から覆します。九条に反してしまいます。

 権力を縛るのが憲法です。これが立憲主義の考え方です。権力を暴走させない近代の知恵です。権力が自ら縛りを解くようなやり方は、明らかに立憲主義からの逸脱です。

 小島氏は二〇〇一年の憲法記念日に中国新聞に寄稿しました。

 <権力者が言う「愛国心」の「国」は往々にして、彼らの地位を保障し、利益を生み出す組織のことである。そんな「愛国心」は、一般庶民が抱く祖国への愛とは字面は同じでも、似て非なるものと言わざるを得ない>

 <われわれは、国歌や国旗で「愛国心」を強要されなくても誇ることのできる「自分たちの国」をつくるために、日本国憲法を何度も読み返す努力が求められているように思う。主権を自覚しない傍観者ばかりでは、権力者の手中で国は亡(ほろ)びの道を歩むからだ>

 権力が改憲をめざす以上、主権者は傍観していられません。
◆戦争は近づいてくる

 小島氏は〇二年に八十二歳で亡くなります。戒名は「誓願院不戦清文居士」です。晩年にラジオ番組でこう語っています。

 <戦争というのは知らないうちに、遠くの方からだんだん近づいてくる。気がついた時は、目の前で、自分のことになっている>

 「不戦兵士」の忠告が今こそ、響いて聞こえます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「知憲」ということば

2015-05-03 20:59:36 | 政治
 今日は憲法記念日。残念ながらボクは仕事があって、集会などへの参加はしなかった。ちょうど富士市に行っていたが、今日この富士市では長谷川三千子という人が、講演に来ていたという。憲法を破壊する人たちが首相をはじめ、たくさんうごめいているようだ。

 最近日本評論社から『別冊法学セミナー 集団的自衛権行使容認とその先にあるもの』が刊行された。ボクはこの本はぜひ購入することをまず先に記しておく。

 巻頭に置かれた尊敬する森英樹名大名誉教授の「7・1閣議決定とその先にあるもの」は、集団的自衛権をめぐるこれまでの動きがみごとに描かれている。その他の論文もきわめて重要な論点を示しているので、是非手にとってもらいたい。

 なかでも、飯室勝彦もと中日新聞・東京新聞論説委員の「歴史を逆転させないために」は、是非読んで欲しい。中日・東京新聞の現在の論調が、こういう人に担われてきたのかと思うほどに、ジャーナリストとしての気骨あふれる文である。このブログを読むメディア関係者にはぜひ読んでもらいたい。

 そしてもう一つ。弁護士の太田啓子「憲法カフェから怒れる女子会へ」は、「知憲」のための活動の典型を示している。

 太田は「重大なことが起きているかもしれないのにそこから目をそらし、なかったことのようにして今日をやり過ごす、その先にあることへの想像を遮断する。そういう感覚が蔓延していないだろうか」という「スルー感」を感じ、身近な女性たちに憲法についての勉強会をしないかと声をかけたのだ。それが「憲法カフェ」へとつながり、女性誌が取り上げるほどにもなった。「お母さんこそ、改憲の前に知憲!」という特集が『VERY』に載ったのだ。

 ここには太田の貴重な経験が記されている。「私たちは、あまりに政治音痴で、主権者として幼稚なままできたのではないだろうか」、「政治のことを普通に語れるようなカルチャーをつくりたい」として、「憲法カフェ」が「怒れる女子会」へ変貌していくこともあるようだ。

 こういう経験は、学ぶべきだろう。

 いや経験だけではない。ボクらは徹底的に「知憲」をおこない、「護憲」ならぬ「語憲」(憲法を語る)にいそしむべき時なのである。

 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする