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浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

なぜかわかった

2015-05-17 23:36:25 | 日記
 最近メディアに、木村草太という「憲法学者」の出番が多いと思っていたら、やはりそうだったのか、彼は権力にとって「無害」の存在なのだ。

 水島朝穂の「平和憲法のメッセージ」の「直言」。彼からはいつも「直言更新のお知らせ」を送ってもらっているが、今日最新のそれを読んでわかった。

 http://www.asaho.com/jpn/index.html

 http://www.okinawatimes.co.jp/cross/?id=253
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「大阪市廃止」構想否決

2015-05-17 22:58:58 | 政治
 一般的には「大阪都構想」とされるが、ボクは、「大阪市廃止構想」と呼ぶ。住民投票により否決された。大阪市民の良識が勝利した。

 橋下市長の時代錯誤の構想が否決されてたいへん嬉しい。

 この住民投票で敗れたら、政界を引退すると、橋下市長は言明していた。大阪府知事として借金を増やし、大阪市の教育を破壊し、何も良いことをしていない。ただイメージだけで、大阪市民は振り回されていた。そろそろ大阪市民・大阪府民は気がつくべきだ。

 http://bylines.news.yahoo.co.jp/inoueshin/20150517-00045793/

 なお橋下市長敗退の記者会見をみていたが、記者のヨイショ質問に呆れてしまった。

 沖縄県民が辺野古への新基地建設反対という固い民意を示し、大阪市民が「大阪市廃止構想」を否決し・・・・という流れ。
 昨日、研究会の後、展望のない話しをしていたが、しかし展望へとつながる流れは決して消えていない。1880年前後の自由民権の流れも、抑圧的な政治体制のもとでその後人々の目には見えなくなってはいたが、地下の水流として滔々と流れていたではないか。いつの時代でも、少数ではあっても、必ず、その流れを汲む者が現れる。そうして歴史は動いていくのだ。
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沖縄の闘いに連帯を!

2015-05-17 15:54:34 | 政治
 新辺野古基地建設反対の沖縄の集会の模様は、下記でみられます。

http://www.ustream.tv/channel/ryukyushimpo2

 『琉球新報』電子版の記事。

17日に那覇市の沖縄セルラースタジアム那覇で開かれた「戦後70年 止めよう辺野古新基地建設! 沖縄県民大会」(主催・同実行委員会)で午後2時半すぎ、主催者は参加人数を3万5千人と発表した。
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【本】亀山亮『戦場』(晶文社)

2015-05-17 14:45:17 | 
 カメラマン・亀山は、パレスチナ、そしてアフリカ各地を取材した。その取材のもようが、記されている。写真よりも、文章のほうが良い。

 パレスチナはしばしば報道されるが、アフリカの戦場についての報道はあまりない。読んでいて、亀山が訪れたところは、危険がつきまとうところばかりである。

 アフリカの戦場で何が起こっているか、こうした危険を避けながら取材するフリーのジャーナリストがいなければわからない。

 日本政府は、ジャーナリストが危険なところに行くべきではないと、旅券をとりあげたが、しかしそういうところでも、亀山のような人間が入り込まないとまったく暗闇となる。

 暗闇の世界では、当然のように暴力が吹き荒れ、住民は腕を切断され、子どもたちは銃を持たされ、無常な死が無数に転がっている場となる。しかし、ジャーナリストが行くことにより、闇のなかで起きたことが少しでも明るみに出され、同時にジャーナリストそのものがある種の光をもたらす。

 しかし一旦闇の中に放り込まれると、そこで繰り広げられる暴力により、なかには人間性を失い、狂気の世界に入り込む者が誕生する。あまりの暴力に耐えられない者は確実に存在する。そして彼らは、さらに悲惨な鉄格子に放り込まれる。
 あるいは暴力のなかで周辺の人間たちが殺され、行方不明にされ、孤独を強いられる者がいる。

 戦争は、あるいは戦闘は、無数の傷痕を遺して去って行く。その後、人間は生きていかなければならない。生き残った以上、みずからの生を維持しなければならない。

 亀山はそうした姿を文と写真で描くが、それは絶望的な世界だ。だがそういう世界が広がっていることを、ボクたちは知らなければならない。
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夕顔

2015-05-17 09:20:32 | 日記
 昨年夕顔の花を咲かせた皆様。今年は「苗が欲しい」などといわずに、自分で発芽させて下さい。

 きちんと種をとりましたか?その種は、今がまき時です。種はそのまま蒔いても芽は出ません。種をみれば判りますが、種は固い殻で覆われています。その種にキズをつけてください。

 キズをつけた種でも、発芽しないものもありますから、たくさんキズをつけて蒔いて下さい。そしてたくさんの水をあげて下さい。

 我が家の種は、3日ほど前に蒔きましたが、すでにいくつかは芽が出始めています。

 もちろんボクはたくさんの苗をつくります。種ではなく苗で欲しいという図々しい方々がたくさんいるためです。もし発芽しなかったときには、遠慮なく連絡して下さい。

 なお、キズをつけた種が欲しいという方には贈ります。コメントに住所氏名を教えていただければ送ります。コメントは、ボクが許可しないとアップされないことにしてありますので、住所氏名が公開されることはありません。
 先日いただいた「能天気」さんからの最新コメントですが、文字化けしていましたのでアップしませんでした。
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2015-05-17 07:47:59 | 日記
 齢を重ねた人の顔には、その人がどのような生き方をしてきたかが如実に示されている。とくにNHK会長には、それがきっちり刻印されている。俗悪な生き方をしてきた顔だ。その生き方は今も治らない。

 彼のタクシー疑惑、それは内部告発で判明したことだが、「内部の情報についての取扱いがずさん」だと怒っているそうだ。(『週刊朝日』5月22日号)

 さらにタクシー代を公費から支払ったことが問題となったことも怒っているそうだ。

 非難されるべきことを行って、それを指摘されても反省せず、逆に怒り出す。

 こういう人物をNHK会長にしたことが、NHKへの信頼をどんどん低下させていることに、為政者は気づかないのだろうか。いやいや、そういえば為政者も俗悪な人物であった。類は友を呼ぶ、ということわざは、正しいと思わざるを得ない。
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もういちど長田弘

2015-05-17 07:35:57 | 日記
 書庫に並ぶ長田弘の本。亡くなられた後、もう一度読み返さなければならないと思っていたら、『毎日新聞』の記事。
 長田さんの詩は、静かに静かに本質を語りかけ、思索の時空にボクらを誘い込む。

詩人長田弘さん:戦争や災害の後、失われた日常に気づく…

毎日新聞 2015年05月17日 00時12分(最終更新 05月17日 00時24分)

 5月3日、胆管がんのため75歳で亡くなった詩人の長田弘さん。逝去の前日、毎日新聞のインタビューに応え、刊行されたばかりの「長田弘全詩集」(みすず書房)に託した思いを語った。これを集大成に半ば死を覚悟し、残された時間を自分のために使いたいとして、取材に応じてくれたのだろうか。【井上卓弥】

 2日午後、東京都内のお宅を訪ねた。ソファに腰掛けた長田さんはじっと目に見えない何かを見つめるように、一語ずつ話し始めた。「最近、愛国心という言葉がよく使われますね。でも、パトリオティズムという外国語は、欧米では生活様式への愛着を指す言葉です。何か高揚したナショナリズムのように、愛国心と訳すのは正しくないと思うんです」

 長田さんが残された時間と力を注いで書き下ろした「全詩集」巻末の「場所と記憶」には、こうある。

 <パトリオティズムというじぶんにとっての詩の変わらぬ主題……。パトリオティズムとは「日常愛」のことだ。「愛国心」とする日本語は当たらない。……パトリオティズムは宏量(こうりょう)だが、ナショナリズムは狭量だ。>

 「日常愛」とは何か。「それが生活様式への愛着です。大切な日常を崩壊させた戦争や災害の後、人は失われた日常に気づきます。平和とは、日常を取り戻すことです」。時折、声を詰まらせながらも、絞り出すように話し続けた。

 長田さんは1960~70年代、アウシュビッツやスペイン市民戦争(36~39年)の痕跡を訪ねている。先の大戦で大きな空襲被害を免れた故郷・福島は4年前、戦後最大の震災に見舞われた。

 「場所と記憶」にはもう一つ、詩人の原点を示す一節がある。

 <一九六〇年、詩を書きはじめる。……第一次大戦で戦死したウィルフレッド・オウエンの詩を知り、オウエンの「詩はpityのうちにある」という詩に対する態度に、決定的な影響を受ける。>

 82年刊行のエッセー「私の二十世紀書店」もオウエンの詩で締めくくられていた。「大戦終結の1週間前、25歳のオウエンは西部戦線で亡くなりましたね。pityは普通、哀れみと訳されますが、私は失われたものへの愛情と考えてきました」。しばらく黙ったまま、33年前の本に視線を落としていた。

「全詩集」には、日本軍兵士の陣中日記を引いた詩も収められている。<「……/焼のり、焼塩、舐(な)め味噌(みそ)、辛子(からし)漬、鯛(たい)でんぶ、牛肉大和煮/……」/戦争にいった男の遺(のこ)した、戦争がくれなかったもののリスト。>

 「戦争はこうして、私たちの生活様式を裏切っていきました。こういう確固とした日常への愛着を、まだずっと書き続けたかった。戦後70年の今、失われようとしているものがいかに大切かということを……」

 別れ際、長田さんは「窓を開けると、風の音や誰かの声、新聞配達の音--そういう日常が聞こえてくるんです」とつぶやいた。その口調は穏やかだった。
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Respectabiltyという概念

2015-05-17 06:27:51 | 近現代史
 昨日、研究会で「respectabilityという戦術」という概念を知った。その文脈は、差別され虐げられた黒人が「白人中産階級の理想」としてのrespectability(尊敬に値すること)という戦術をつかって、白人に受容されようとした、というものだ。

 白人にとって、黒人は非文明的であり、白人女性に性的暴力をおこなう獣的存在であり、したがって忌避されるべき存在であった。そういうステレオタイプなみられ方から脱却しようとして、黒人たちが白人並みの「尊敬に値する」存在になろうとした、というわけだ。

respectabilityは、dictionary.comには、the state or quality of being respectable./respectable social standing, character, or reputation./a respectable person or persons./respectabilities, things accepted as respectable.とある。訳してみれば、尊敬に値する状態・人柄/尊敬に値する社会的地位、特徴、評判/尊敬に値する人物/尊敬に値するとして受容されること。

 これらのすべての意味を獲得することをめざして、黒人は差別迫害する白人に受容されるように頑張ったのだろう。

 差別される側が、respectabilityを獲得しようとした動きは、日本の被差別における部落改善運動に比定することができよう。1890年代被差別の有力者たちが中心となり、「差別の原因と責任をの側に求め,民が働き富を蓄え,環境を整備し清潔にし,教育を高め,品行をよくする等の努力により差別の克服をはかろうとするものであった。その後この運動は,社会に対して一定の反省を求めたうえで,国民に同情融和を呼びかける融和運動へと進む」(解放・人権研究所編『問題人権事典』)。静岡県でも、北村電三郎らによって取り組まれた運動だ。

 しかし「戦術としてのrespectability」は、黒人の運動に於いては差別する側の白人、差別に於いては一般人の価値観の枠のなかにおさまらなければならず、その枠を超えてはならない。もし超えた場合には、respectabilityは消失してしまう。つまり、差別される側の主体的な動きは常に足かせをはめられてしまうのである。

したがって、「戦術としてのresponsibility」には限界がある。

 ネットで調べてみたら、responsibilityという概念は、様々なところで使われている。この概念を昨日初めて知ったのだが、かくも広範囲に使用されていることを知って、おのれの無知を知った。

 もっと勉強しなければならない。
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