今日、映画を見た帰途、『いいがかり』を購入した。買うつもりでいたのだが、いざ注文しようとしたら、ネット通販では買えなくなっていた。そこで書店に行ったのだ。
買ったばかりだから、全部読んでいるわけではないが、この本は“買い”である。巻頭の花田達朗の「「吉田調書」記事取り消し事件の論理的解剖」は、力作である。この事件の持つ意味を余すところなく提示している。
本書は、2014年5月20日に報じた大スクープ、「政府事故調の「吉田調書」入手 所長命令に違反 原発撤退」、「葬られた命令違反」を報じた記事を、『朝日新聞』が、同年9月11日「取り消す」という奇怪な行動をとり、東電や政府に屈服した事件について総合的に論じたものである。
花田氏は、「調査報道」を「政治的な公権力や経済的・社会的権力の活動を観察し監視し、隠されている真実を明るみに出すという目的で、取材や資料で得たファクトに基づいてストーリーを組み立て、読者に魅力的な作品をニュースとして提供すること」とし、「ジャーナリストが出来事を観察して、何がニュースかを主体的に考え、その際に人々に伝えるべきストーリーとは何か、どのようなストーリーにのせてファクトを伝えるかを考えるものである。ファクトがどこかに裸のまま存在していて、それを右から左へ伝えるということではない」とする。
これはボクらが日々営む、まさに「歴史」の叙述の方法そのものである。発見された史料だけで、一つのストーリーとなりうるというようなことは絶対にない。発見された史料をもとに、それらに関連する史資料をさがし、それらの史資料を生かすことのできる文献をさがして読み、史資料を一連のストーリーのなかに位置づけて、はじめて歴史の叙述になる。
史料をそのまま示すだけでは、それは「歴史」にはならない。史料を一つのストーリーのなかに位置づけることによって、はじめて歴史はみずからを語るのである。
しかしそのストーリーをつくるためには、厖大な時間とカネがかかる。
某自治体史の編さんの仕事をしていたとき、1936年1月に「満洲」のソ満国境で亡くなった「満洲国」の「日系軍官」の「弔文」を発見した。その「弔文」には、かれの軍歴が記されていた。
彼は徴兵されて、台湾の歩兵連隊に入隊した、そして1930年の霧社事件を鎮圧する部隊の小隊長として武勲を建てた。
ボクは、恵比寿の「戦史資料室」に行き、台湾総督府などの霧社事件の報告書を読み、彼の事績を発見した。
「満洲国」が建国されると、彼は「満洲国」の「日系軍官」となり、「満洲国人」兵士を指導し、そして派遣されてきた静岡34聯隊などと一緒になって抗日パルチザンとの戦いに明け暮れ、そして朝鮮人が多く住む、治安が安定しない「ソ満国境」で「満洲国軍」の「朝鮮人部隊」の育成に尽力するさなか、病気で還らぬ人となった。
ボクは、「日系軍官」に関する文献、「抗日パルチザン」と派遣された日本軍との戦闘に関する文献、そして「朝鮮人部隊」に関する文献を渉猟し、さらに「台湾」や「ソ満国境」までみずから足を運び、それらをまとめて、彼の戦時下の行跡について叙述した。
「調査報道」と手法は、ほとんど変わらない。もちろん、文献や史資料は信頼に価するものを使う。史料については、きちんと史料批判を行っていく。
そのようにして書き上げたストーリーがもし「取り消す」とされたら・・。ボクは、前記の記事を書き、処分された記者たちの痛みを感じることができる。「取り消す」、懲戒処分をした当時の『朝日新聞』社長らの対応に、憤りを覚える。
この本は“買い”である。2400円+悪税。
メディア関係者は、熟読すべきである。
買ったばかりだから、全部読んでいるわけではないが、この本は“買い”である。巻頭の花田達朗の「「吉田調書」記事取り消し事件の論理的解剖」は、力作である。この事件の持つ意味を余すところなく提示している。
本書は、2014年5月20日に報じた大スクープ、「政府事故調の「吉田調書」入手 所長命令に違反 原発撤退」、「葬られた命令違反」を報じた記事を、『朝日新聞』が、同年9月11日「取り消す」という奇怪な行動をとり、東電や政府に屈服した事件について総合的に論じたものである。
花田氏は、「調査報道」を「政治的な公権力や経済的・社会的権力の活動を観察し監視し、隠されている真実を明るみに出すという目的で、取材や資料で得たファクトに基づいてストーリーを組み立て、読者に魅力的な作品をニュースとして提供すること」とし、「ジャーナリストが出来事を観察して、何がニュースかを主体的に考え、その際に人々に伝えるべきストーリーとは何か、どのようなストーリーにのせてファクトを伝えるかを考えるものである。ファクトがどこかに裸のまま存在していて、それを右から左へ伝えるということではない」とする。
これはボクらが日々営む、まさに「歴史」の叙述の方法そのものである。発見された史料だけで、一つのストーリーとなりうるというようなことは絶対にない。発見された史料をもとに、それらに関連する史資料をさがし、それらの史資料を生かすことのできる文献をさがして読み、史資料を一連のストーリーのなかに位置づけて、はじめて歴史の叙述になる。
史料をそのまま示すだけでは、それは「歴史」にはならない。史料を一つのストーリーのなかに位置づけることによって、はじめて歴史はみずからを語るのである。
しかしそのストーリーをつくるためには、厖大な時間とカネがかかる。
某自治体史の編さんの仕事をしていたとき、1936年1月に「満洲」のソ満国境で亡くなった「満洲国」の「日系軍官」の「弔文」を発見した。その「弔文」には、かれの軍歴が記されていた。
彼は徴兵されて、台湾の歩兵連隊に入隊した、そして1930年の霧社事件を鎮圧する部隊の小隊長として武勲を建てた。
ボクは、恵比寿の「戦史資料室」に行き、台湾総督府などの霧社事件の報告書を読み、彼の事績を発見した。
「満洲国」が建国されると、彼は「満洲国」の「日系軍官」となり、「満洲国人」兵士を指導し、そして派遣されてきた静岡34聯隊などと一緒になって抗日パルチザンとの戦いに明け暮れ、そして朝鮮人が多く住む、治安が安定しない「ソ満国境」で「満洲国軍」の「朝鮮人部隊」の育成に尽力するさなか、病気で還らぬ人となった。
ボクは、「日系軍官」に関する文献、「抗日パルチザン」と派遣された日本軍との戦闘に関する文献、そして「朝鮮人部隊」に関する文献を渉猟し、さらに「台湾」や「ソ満国境」までみずから足を運び、それらをまとめて、彼の戦時下の行跡について叙述した。
「調査報道」と手法は、ほとんど変わらない。もちろん、文献や史資料は信頼に価するものを使う。史料については、きちんと史料批判を行っていく。
そのようにして書き上げたストーリーがもし「取り消す」とされたら・・。ボクは、前記の記事を書き、処分された記者たちの痛みを感じることができる。「取り消す」、懲戒処分をした当時の『朝日新聞』社長らの対応に、憤りを覚える。
この本は“買い”である。2400円+悪税。
メディア関係者は、熟読すべきである。