浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

もう一度、国鉄に!

2017-10-31 21:08:40 | その他
 『紀伊民報』のコラムである。文章がうまいわけではない。内容の点で紹介する。


「JRと経営努力」

 「ブルータス、お前もか!」というジュリアス・シーザーの言葉に倣っていえば「JR西日本よ、お前もか!」というところだろう。

 ▼先週、和歌山市で開かれた知事と市町村長の懇談会で、串本町の田嶋勝正町長が質問したJR紀勢線の減便問題である。「JR西日本から、紀勢線の白浜駅以南の乗客が少ないので、地域からの利用促進への協力を数字で示す努力を求められた」「近い将来、減便になり、最後はバスになるのではと心配している」と県の考え方を聞いた。

 ▼仁坂吉伸知事は「JRは客を増やす努力をしたのか。努力もしていないのに、独占的な地位を得ている」「減便の構想は全部反対。一からやり直せというのが県の考え方だ」と激しい言葉で答えたという。

 ▼JRの前身は国鉄。官営鉄道として全国に鉄道網を張り巡らせ、地域とともに発展してきた。民営化され、採算が求められるようになると、収益の上がる新幹線や通勤客の利用が多い都市近郊の路線に経営資源を注入。採算の合わない地方路線は次々とリストラしてきた。その波が紀勢線にも及んできた。

 ▼しかし知事も指摘するように、その流れを食い止める努力を事業者がどれだけしてきたのか、という点には疑問符がつく。不便になったから車の利用者が増え、鉄道の利用が減ったという見方もある。

 ▼紀勢線はいまも、通学の高校生やお年寄りには大切な鉄道である。安易な減便は認められない。 (石)


 私は、「なぜ?」という問いがすごく大切であると思っている。現状を考えるとき、なぜそうなったのか、時間をさかのぼって探ることが必要だ。地方線の減便、あるいは廃線などの源流は、国鉄の分割民営化にある。全国どこでも、住民の足を保障していくという鉄道の公共性が、分割民営化で失われたのだ。JRは、このコラムにもあるように、「採算」、「収益」に振り回されるようになった。「民営化」ということは、私企業化ということである。カネもうけのために、鉄道事業をしているのだ。

 国鉄の時代までは、大都市での利益を地方にまわして、地方の公共性を維持してきた。しかし今JRにはそんな姿勢はない。公共性は二の次三の次である。何でもかんでも、「民営化」。それにより、「公共性」というものが捨てられてきた。

 もう一度、国鉄にしたい。

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「奴隷は人間として支配者より劣る」?

2017-10-31 12:17:13 | その他
 私は今、『聞書 アフリカン・アメリカン文化の誕生』(岩波書店)を読んでいる。アフリカから、カリブ海諸地域、北米などへ、たくさんの黒人が奴隷として連行されてきた(その数は1千万に近いと言われている
)。連れてきたのは、スペインやイギリスの白人たちであった。世界史上、もっとも悪辣であったのが彼らキリスト教徒であった。そういう歴史を忘れてはならない。

 しかし、奴隷として連行され、強制労働に従事させられた黒人たちは、人間としての誇りを失うことはなかった。彼らが、まったく見知らぬ土地に連れてこられても、人間としての文化を生み出した。それを研究していたのが、シドニー・W・ミニッツである。
 そのニミッツからの聞き書きが、本書である。

 まず前提として、15世紀末、コロンブスが新大陸に到達した頃のヨーロッパの状況を、ニミッツはこう語る。

 当時のヨーロッパは総体的に見て後進的だった。イタリアはまだ都市国家だったし、イギリスもフランスも、強固に統合されてはいなかった。1492年当時、そのような状況の中で、最も先進的だったのがスペインだった。(中略)その後の150年間に、北フランスとオランダ、とりわけイギリスがスペインに追いつき、追い越してしまったんだから。ヨーロッパは東へ進出しようとしていた。東へ直線的に進出することができたら、そうしていただろうね。しかし東には、彼らよりずっと強い力を持つ政治的集団が立ちはだかっていた。
 ヨーロッパ人はこうした事実を認めたがらない。ヨーロッパが世界で勢力をふるうようになったのは18世紀以降で、比較的最近のことだということ認めたがらない。しかしこれは事実。


 遅れたヨーロッパは、アジアの文明にあこがれていた。アジアに行きたい、しかし途中は先進的なイスラム世界があり、ヨーロッパより強くまた繁栄していた。だからやむなく、西回りでアジアをめざしたのだ。そのなかで新大陸に至ったのである。

 遅れたヨーロッパ人は、新大陸で先住民であるインディアンを殺戮し、強制労働をさせ、彼らが少なくなってしまったので、労働力として黒人を奴隷として連行したのである。なんという悪事を働いたのかと思う。欧米の白人たちは、そうした歴史を直視し、きちんと反省すべきであるし、賠償すべきである。

 さて、しかし、黒人奴隷たちは、精神まで奴隷にはならなかった。

 一言で言えば、根底にあったのは、人間として生き延びる、という強い意志だった。人間は生きる意味がわからなくては、生きてゆけない。生きる意味を見失った集団が死にたえたという例さえある。人間として生き延びてみせたこと、それ自体が抵抗だった。生きのびることそのものが抵抗だった。そのためには、想像力と偉大な人間性が必要とされた。その二つを土台にして、奴隷と呼ばれた非自由人が文化を作った。

 奴隷制を正当化する概念の根本は何か。それは、奴隷は人間として支配者より劣る、という思想だろう。しかしアフリカ系アメリカ人の隷属者たちは、その前提をかつて一度も受けいれたことはない、と私は確信している。だからこそ、彼らは死ではなく、生きることを選んだのだ。

 黒人奴隷たちは生きのびて、新しい文化をつくった。それは音楽に端的に表されている。

 人間は、奴隷であっても、農奴であっても、労働者であっても、また労働が収奪され搾取されても、精神だけは自立的な動きを示す。卑屈ではなく、人間としての尊厳を持ち続けることにより、文化、普遍性を帯びた文化を創造することができる。それを黒人奴隷は身を以て示してきた。

 
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ユニクロ製品は買わないから・・

2017-10-31 11:19:42 | その他
 ユニクロは、毎週一回広告が入ってくる。私は見ないし、買わない。

 ユニクロの労働問題は、時々報じられることがあるから知ってはいるが、この人の本は読んだことがない。もう文庫になっているようだから最初の本を読んでみるつもりだ。

 今度出た『ユニクロ潜入一年』の著者の、持続する怒りには感心する。怒りは忘れてはいけない。持続させることだ。

離婚で姓を変えバイトに潜入…ユニクロと闘うジャーナリストが語った巨大企業のブラック体質と柳井社長の洗脳
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