浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

原発に頼らない社会へ

2011-04-17 09:06:22 | 日記
 そもそも原発に依存しないで、私たちの生活はやっていけるという説もある。原発は国策として(原爆を潜在的に製造することができるという国家権力の企図を背景にした)推進され、莫大な国家予算と各電力会社の電気料(国際的には日本の電気料金は高いと言われる)とによって原発はつくられてきた。

 原発による発電は安いという時、そこには原発による発電によって生み出される大量の放射性廃棄物の保管料、廃炉費用、政府などがだす莫大なカネなんかは計算されていないという。そして事故が起きたら、その損害賠償額は膨大なものになり、とても採算はとれない。

 今度の事故は、原発があまりにも大きな被害を与えることが明らかになったのだから、脱原発を推進していくしかないだろう。

 東京にある城南信用金庫は、こういう告知をしている。賢明な判断である。

http://www.jsbank.co.jp/topic/pdf/genpatu.pdf

 マスメディアは、このように原発事故を追い、次々と情報を流している。

 4号機の建屋でも強い水素爆発?写真で明らかに 

 放射性ヨウ素、限度の4倍検出=福島原発30キロ沖-文科省 

 積算で17万マイクロシーベルト 放射線量、福島の一部で


 
 そして原子力開発に関わる機関が、ひどい状況であることも報道される(共同配信記事)。これでは原子力安全委員なんて不要である。


 安全委が専門家の現地派遣行わず 防災計画、不履行


 
 東京電力福島第1原発事故で、原子力安全委員会(班目春樹委員長)が、原発事故に対処する国の防災基本計画で定められた「緊急技術助言組織(委員計45人)」の専門家の現地派遣をしていないことが16日明らかになった。また緊急助言組織は事故があれば「直ちに招集」されることになっているが、一部しか集められていなかった。

 緊急助言組織の委員の間では「助言できるのに、呼ばれない」「招集の連絡がない」と戸惑う声があり、政府・与党内からも批判が出ている。

 緊急助言組織は、原子力安全委員5人と、全国の大学教授や研究機関幹部など「緊急事態応急対策調査委員」40人で構成。防災基本計画は、事故報告を受けた場合「直ちに緊急技術助言組織を招集する」と規定。「あらかじめ指定された原子力安全委員及び緊急事態応急対策調査委員を現地へ派遣する」と定めている。

 安全委は「事務局スタッフを現地に派遣して情報収集している」と説明している。

 しかし防災基本計画では、専門的知識を持つ調査委員が現地で「情報の収集・分析」をするとともに国、自治体、電力会社などの「応急対策に対し必要な技術的助言等を行う」となっている。

 政府当局者の一人は「専門家が現地入りしていないのは問題だ。今後の事故調査でも検証すべきだ」と語った。

 助言組織の招集について安全委は「招集とは全員集めるということではない。必要な委員は招集している」としている。

 調査委員の話によると、事故後、多数の委員が一堂に会する機会はなく、一部の委員が安全委に出向いたり、電話で助言をするにとどまっている。複数の委員が「招集の連絡を受けていない」と話している。

 ある調査委員は「即時に対応できるよう準備していた。事故直後に安全委に問い合わせたが、招集予定はないと言われた」と明言。別の調査委員は「早い時期に招集の議論があったが、集まっていない」と語った。
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線香の煙と「古寺巡礼」

2011-04-16 08:37:37 | 日記
 古寺をまわるとき、それぞれの寺で線香を買う。微妙に異なる香りをたのしむ。最近はたっぷりある時間ので、しばしば線香に火をともす。香りが家全体に流れ、心地よくなる。

 こういう趣味を話すと、「変人だ」と嘲笑されたりしたが、それでも変えるつもりはない。

 村上春樹の『辺境・近境』を図書館から借りる時、その隣に辻井喬の『古寺巡礼』が目に入り、一緒に借りてきた。今読み終わったが、そこに浜松市内の三ヶ日にある摩訶耶寺と大福寺がでていた。ここは未だ「巡礼」したことはないので、行ってみるつもりだ。

 『古寺巡礼』は和辻哲郎の本(岩波文庫)で有名だが、そのほかにこういう本を書いているのは、白洲正子、瀬戸内寂聴、五木寛之などだ。五木のものは、少し読んでみたが、つまらない文が並ぶ。五木寛之の小説を読んできた私としては、五木がこんなにもつまらないことを書くようになったのかと悲しく思ったものだ。

 白洲のこの種の本は(たとえば『近江山河抄』講談社文芸文庫など)、近江などあまり注目されない「古寺」を紹介しているので、なかなか参考になる。とにかく白洲は、訪れたところに関係する文献を読んでいる。渉猟しているといってもよい。白洲の本をあまり読んでいるわけではないが、いろいろ教えられると同時に、示されたところに行ってみたくなる。

 五木のものは、五木が「古寺」に行って、あーだこーだと思ったことをただ書き連ねる。「あーそうだったの!」で、読んでいる方もお終い。発展性がない。

 作家・辻井のものは、五木本に近い。ただし書かれている内容に社会性がある。「あーそーなの?」で終わることは終わるのだが、訪問した「古寺」に新鮮さがある。先ほどの摩訶耶寺とか大福寺、福井県小浜の明通寺、正法寺、羽賀寺、滋賀県長浜市の神照寺、総持寺、高島市の大善寺、岐阜県揖斐郡の華厳寺、横蔵寺など、私が未だ訪問したことのない「古寺」が並ぶ。

 東北地方の「古寺」もある。宮城県の瑞厳寺、福島県河沼郡の惠隆寺、勝常寺、岩手県奥州市の正法寺、黒石寺など。これらの「古寺」は無事であったろうか。

 私は京都にある寺も訪ねるが、近江にある「古寺」の方が好きだ。京都のは、知恩院にしても東本願寺にしても巨大すぎる。巡礼者を睥睨しているかのようだ。しかし近江にある「古寺」は、いずれも視線が柔らかである。威圧感がない。本来仏教というのはそういうものでなければならない。

 先日墓参に行った。私の菩提寺は遠江四十九薬師霊場の一つとなっているため、40人くらいの「善男善女」の方々が参詣に来ていた。お年を召された方々が多かった。長寿や家内安全、無病息災などをお祈りするのだろう。

 日本の仏教というものは、こういうものでなければならない。迷える衆生の傍らにそっと寄り添い、死後の安心を支えるというような。

 仏道に生きる者は、現世で信者から高額なカネを請求してはならぬ。そのような者は、地獄に落ちよ!と言いたい。私の菩提寺は住職がいない。近くの坊主が兼職しているが、その坊主はカネの亡者である。

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もう一度『世界』

2011-04-16 08:01:05 | 日記
 岩波書店の雑誌『世界』は、いつの時代でも、現実の社会を照らし出す灯明のような役割を持っている。今月号の特集“生きよう!”に記されている様々な言説は、現実を分析し、あるべき姿を示そうという姿勢を堅持している。

 高校生の頃からこの『世界』を私は手元に置いているが、現実を分析するために行われる古今東西の知の集積を踏まえた議論は、ただ単に知識をひけらかすという卑小なものではなく、人類が作りあげてきた人間的な「時間と空間」を背景に、学問的な認識をもった、知的でもあり、現実的でもあり、また理想的でもある内容を伴っている。

 今号にも、内橋克人、坂本義和、宮田光雄、伊東光晴、岩田靖夫・・・・らの所論が収められているが、「岩波文化人」ということばが精彩を放っていた頃から、『世界』の論調を牽引してきた方々だ。さすがにその視野の広さは、最近の狭隘な専門の分野から声をあげる者たちとは異なって壮観であり、またそれぞれの分野の学問研究の知見をもとに論ずるだけに、説得力がある。

 中でも伊東光晴氏の「戦後国際貿易ルールの理想に帰れ(上)」は、今は大震災、原発事故の陰に隠れているが、菅政権が突如として発表した、日本経済をガタガタにし、アメリカ経済に身を捧げようとするTPP(Trance Pacific partnership )参加問題を、根底から批判している。最近の財界(とにかく何でも良いから、他の産業が犠牲になろうとも、儲けよう、儲けようというハゲタカ的な資本主義を信奉する)、マスメディア、政府官僚の近視眼的な、アメリカ追随の姿勢に対して、戦後国際貿易の在り方から、TPP問題をどう考えるべきかを冷静に提示する。

 ついでに紹介しておけば、中野剛志『TPP亡国論』(集英社新書)は、伊東とは異なった観点から、TPP参加に対して警鐘を鳴らしている。良い本だ。

 私たちはこの現実の中で生活を営んでいる。若者の使命は、この現実を直視し、少しでも良い社会をつくりあげていくことである。そのために「学ぶ」のであるが、ただ単に専門的な分野だけやればよいというのではなく、広い視野から考えることをしなければならない。

 『世界』は、そうした若者の視野をひろげてくれるだろうし、学問の根本的な在り方も教えてくれるだろう。『外国語上達法』もよいが、村上春樹もよいが、社会へも目を向けることが、結果的には自らの勉強をよりよいものに変えていく契機になるだろう。


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こんな文科相も・・・

2011-04-15 22:27:02 | 日記
 住民の年間被曝量は、1ミリシーベルト、とされている。 しかし、政府は原発周辺の住民の被曝限度量を20ミリシーベルトにするという。また福島の子どもは、年間10ミリシーベルトにしたらどうか、という意見があるそうだ。

 このように原発事故により大量の放射線と放射性物質が外に出ているため、いろいろな基準がどんどん変えられる。日本政府のいい加減さ、国民の健康を守る意識の低さ。これが日本政府だ。

 http://www3.diary.ne.jp/user/338790/
 
 1ミリシーベルトから20ミリシーベルトにすることの意味は、武田教授のブログを見てほしい。

http://takedanet.com/2011/04/5020_035a.html

 そしたら、高木文科相は、子どもも20ミリシーベルトでよいではないかと叫んでいるという。高木さん、あなたのお孫さんを福島に行かせられますか?

http://fukurou.txt-nifty.com/fukurou/2011/04/post-60ac.html

 
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こういう人が経財大臣!

2011-04-15 22:18:33 | 日記
 ずっと自民党であった与謝野馨。民主党政権から声がかかったら、『民主党が日本経済を破壊する』という本を出したばかりなのに、すぐに大臣へ。権力にとびつくためにはくるくる・・・・

 しかし、原発推進は、こんな事故が起きても、平気!

 時事通信が流した「原発推進方針を強調=事故「謝罪するつもりない」-与謝野経財相」は、与謝野という人物の本質が記されている。


 与謝野馨経済財政担当相は15日の閣議後会見で、福島第1原発事故の評価が最悪のレベル7になったことについて「原子力発電は電力供給のため大事なものだと今でも思っている。推進してきたことは決して間違いではない」と述べ、事故の評価にかかわらず今後も原子力発電を推進する考えを強調した。
 また、自民党政権時代に通産相(現経済産業相)などとして原発推進の立場を取ってきたことを踏まえ、今回の事故発生で謝罪するつもりはあるかとの質問には、「ない」と明確に否定した。(
http://www.jiji.com/jc/eqa?g=eqa&k=2011041500293
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「当面住めない?」

2011-04-15 09:47:47 | 日記
 菅首相が第一原発周辺は「当面住めないだろう」と言ったとか、言わなかったとか。私は、原発周辺は、住めない状態がどのくらいかはわからないが、続くだろうと思う。

 首相がそういうことを言ってはいけないかどうかは私には判断できないが、高濃度の放射性物質が土壌とかに落下していたり、放射線が原発から放出されたり、また汚染水が地下水に流れ込んだり、はたまた原発の安全が保持される保障がない状態では、住めるわけがないと思う。

 だから私は逆に、「しばらくしたら住むことができる」という発言をもししたなら、それは無責任きわまりない発言だと思うのだ。

 この菅首相の発言、ここで私は菅内閣を支持するものではないことを言っておくのだが、それにしても、原発推進路線を政権与党として担ってきた自民党が「人の心を分かっていない」、公明党が「きわめて無責任な発言だ」などと批判している声を聞くと、今度の事故についての責任について、「諸君、釈明したまえ!!」と叫びたくなる。

 法政大学の五十嵐氏が指摘するとおりである。また先に紹介した「きっこの日記」の通りである。

 http://igajin.blog.so-net.ne.jp/
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孫正義、原発を語る!

2011-04-14 21:41:55 | 日記
 ソフトバンクの孫さんが、原発問題について熱心に語っています。


http://www.youtube.com/watch?v=cqiqkr9JKsE
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魯迅から村上春樹へ

2011-04-14 21:21:20 | 日記
 藤井省三『魯迅』(岩波新書)を読んでいたら、魯迅は村上春樹や大江健三郎にも大きな影響を与えているとあった。大江はよく読んでいるが、村上は『ノルウェイの森』くらいしか読んでいない。

 どんなに村上作品に魯迅が埋め込まれているのか、少し関心を持った。そこで、この『魯迅』に引用されていた村上の作品、小説ではない『辺境・近境』(新潮社)を読み始めた。

 最近はインターネットで検索ができ、浜松市のどこの図書館にあるのかがすぐわかる。最近できた「流通元町図書館」にあるというので、すぐに借りに行った。

 これが面白い。これは村上の旅行記である。ボクも旅が好きであるから、村上の変わったところへの旅の様子に、ケラケラと笑ってしまう。

 なんと村上は「ノモンハン戦争」に関心を持っていたらしく、中国側から(つまり1939年の時点では日本占領地域から)とモンゴル側から「ノモンハン」の地にたったのだ。その旅行もすさまじい旅で、なにもないところで日本軍、モンゴル・ソ連軍が戦闘を行った(この戦闘で亡くなった兵士はほんとうに無駄死にであった!)のだが、その跡が当時のまま残っている、そのところに行ったのである。しかしその旅は苦難の旅であった。

 そのほか、瀬戸内海の無人島、アメリカ大陸横断、讃岐うどん食べ歩き、メキシコ旅行など、ふつうはしない旅のことが面白おかしく書かれている。

 若者よ、旅にいけ、とぼくはよく話したが、この本はユニークな旅行記である。図書館にあるだろうから読んでみよう。すぐに読める。
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これも必読。

2011-04-14 13:05:14 | 日記
 ひさしぶりの「きっこの日記」。いつもいつもきちんと調べて書いている。

http://www3.diary.ne.jp/user/338790/
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テレビメディアの解説者

2011-04-14 08:49:35 | 日記
 いつまでたっても、テレビに出演する解説者は、原発推進派ばかり。
 
 以下は『日刊ゲンダイ』の記事。学者の言うことは信用ならない。「だから東大教授はTVで「安全」を強調するのか」を読んでおこう。

 学問は、立場によって、その内容が変わるのだ。
 

●東電から大学院に6億円の寄付

 原発事故が起きてから、原子力関係の東大教授がやたらとテレビに出るようになった。たいていは現状を追認して「心配ありません」と言うだけなのだが、これには理由がある。東大と東電はズブズブの関係なのだ。

 まずは別表を見て欲しい。東大の「寄付講座・寄付研究部門設置調」という資料から、東電が出資している寄付講座を抜粋した。寄付講座とは、企業からの寄付で研究活動を行う研究室のようなもの。他社との共同のものもあるが、東電の寄付金の額を全部足すと、6億100万円に上る。ほとんどが大学院工学系研究科の講座だ。NHKによく登場する東大大学院の関村直人教授が所属しているのが工学系研究科である。東電からもらったカネで研究している学者が、東電に不利なことを言えるわけがないのだ。

 東大の工学系の准教授が、匿名を条件にこう明かす。

「寄付講座は、当然、寄付者の意図をくんだ研究内容が多くなる。東電に限らず、大学の理系部門には電力会社による寄付講座がゴマンとあります。研究費がなければ、やりたいこともできないし、原子力関係は特にカネがかかる。だから、電力会社に研究資金を出してもらえる原発推進派でないと偉くなれないのが現実です。第一、原発がなくなれば、自分たちの食いぶちがなくなってしまうのだから、必死で安全性をアピールするのです」

●「関村教授、班目委員長、岡本教授…

 まさに産学一体で、原発事業を推し進めてきたわけだ。

 東電のカネで研究してきた東大教授は、自分の意をくんだ院生を助手にして後を継がせたり、息のかかった学生を東電や、東芝・日立などのプラントメーカーに送り込んできたという。

「関村教授と同様にNHKに頻繁に出演する東大の岡本孝司教授も、『大丈夫です』しか言いませんが、彼は原子力安全委員会の班目春樹委員長が東大工学部教授だった時の教え子です。班目さんは原発推進派の頭目みたいな人ですから、岡本教授が安心を強調するのは当然のこと。みのもんたの『朝ズバッ!』に出ている東大特任教授の諸葛宗男氏も、東電の寄付講座のおかげで、東芝の技術顧問から東大教授に転身したといわれている人ですから、批判なんてできるワケがありません」(前出の准教授)

 諸葛氏が「朝ズバッ!」で「こないだの雨で放射能が洗い流されて奇麗になった」とか「1960年代には世界中で核実験が行われていたから、今よりも大気中にはもっと大量の放射性物質があふれ返っていた」とか牽強付会な自説を披露するのには、そういう背景があるのか。

 中部大学の武田邦彦教授が、ブログでこう暴露して話題になっている。

〈テレビで「福島市の毎時20マイクロシーベルトはレントゲンの30分の1だから心配ない」と発言した当の東大教授が、自分の大学では「換気扇を止めろ」と指示した〉

 東京の放射線量は、福島の200分の1に過ぎないのに、外気が研究室に入ってくることを嫌がる東大教授――。「東大の先生が安心というなら……」と信じてしまう善良な庶民はバカを見ることになる。

◇寄付講座・寄付研究部門名称/設置期間/寄付総額/寄付者

◆建築環境エネルギー計画学(東京電力)/H21~23/4000万円/東京電力

◆都市持続再生学/H19~24/1億5600万円/東京電力を含む14社

◆ユビキタスパワーネットワーク寄付講座/H20~25/1億5000万円/東電・JR東日本・東芝

◆核燃料サイクル社会工学/H20~25/1億5000万円/東京電力

◆低炭素社会実現のためのエネルギー工学(東京電力)寄付研究ユニット/H22~25/1億500万円/東京電力

(日刊ゲンダイ2011年4月7日掲載)
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故 忌野清志郎も唄う

2011-04-13 21:04:04 | 日記
 忌野清志郎のCD、持ってるよ。死んでしまった。惜しい人だった。


http://www.youtube.com/watch?v=v5Hxt2CsNp8
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考えること

2011-04-13 19:56:23 | 日記
 今日『世界』5月号を購入した。今号は3部に別れている。1部は、「未来の崩壊か、未来の創出か」というものだ。未だ1部しか読んでいないが、いろいろ考えさせられる内容であった。

 私は週刊誌も、買っている。テレビや新聞(新聞は、以前よりはよくなっている)が報じないことを知るためだ。『週刊現代』を購入しているのだが、どちらかというと告発型である。

 だが『世界』(1部を読んでこう書いている)は、沈思黙考型である。3・11の震災を、思想的に捉えようとしている、あるいは精神の深みから考えようとしている。または、過去から未来へと続く長いタイムスパンから捉えようとしている。

 この震災は、確かにそういう視点から考えるべきものだと、ぼくも思う。

 1970年代前半の石油ショック、そして1980年代から導入され始めた新自由主義的な政策が一時期あだ花を咲かせたことがあったが(1980年代後半のバブル)、1990年代初めから続く不況、それから輸出企業を中心とした大企業だけが儲けて、中小企業や国民が格差に沈み込む時代が今に至るまで続く。そして今度の震災だ。

 私は、よくこう考えるのだ。自然災害も階級性がある、と。つまり今度の震災が襲ったところは、経済的に繁栄しているところではなく、どちからというと過疎化されていく地域であった。政策の上で見捨てられる地域であった。原発が立地するところも、そういうところである。原発が来ることで、莫大なカネが電力会社や政府から投入される・・・そのカネが、自治体を一時的に潤し、地域住民の不安を表面的にかき消す、そういうことが原発立地を可能にさせる。

 自然災害が、現世で豊かな生活をしている人びとを襲うことはあまりないのだ。阪神大震災もそういうことがあった。もっとも被害が大きかったのは、神戸市の長田区であった。自然は、無情にも、「貧」に襲いかかるのだ。

 だから今度の震災を契機に、日本の社会のありようを、自分たちの生活を、振り返ろう、というのが『世界』今月号の第一部の趣旨だ。

 ボクは、君たちに、『世界』を読むことをすすめる。800円+悪税(40円)である。これから日本の社会を創造していく若者に読んで、考えてもらいたい。

 大江健三郎、内橋克人、坂本義和、宮田光雄、池内了、岩田靖夫、中野佳裕、木田元、西谷修・・・・・

 様々な人びとが、3・11を根底から考えようとしている。まさに今、ラディカルに考える時なのだ。

 坂本はこう書く。「「地球にやさしく」というスローガンは無意識の人間のおごりであって、人間に対して、生殺与奪の力を持つ「地球がやさしく」してくれる時に、人間は生きていられるのだ」と。

 宮田は、「今回の大震災は、私たちにたいして重大な警告を発しています。これまでのような政治、経済、社会の在り方を根本的に改革し転換しなければならない。それは現代文明そのものの構造変革を問うているのである」と記す。

 岩田も書く、「今回の禍が明らかにしていることは、人間が、このまま、何の反省もなしに、欲望の拡大と利己主義を続ければ、もはや地獄しかないだろう」と。

 そして大江が言うように、原発事故は、ヒロシマ・ナガサキ、第五福竜丸被曝と共通なのだということ、日本人はヒロシマを、ナガサキを、今一度心に刻み込まなければならない。

 
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矛盾

2011-04-13 10:33:47 | 日記
 テレビをつけると、ACジャパンの「公共広告」がきこえてくる。そのなかに「必要がないのに買うのはやめよう」というのがある。

 私は、経済的に豊かではないので、必要ないものは買うことはしない。言われなくとも、そのとおり実践している。おそらくこの「買うのはやめよう」は、買い占めなどをやめようと言っているのだろう。

 あの差別的な「計画停電」が発表され、首都圏に住む私の子どもなどから東京では懐中電灯を買えないから送ってほしいと言われ、ホームセンターに行ったら皆無。家にあったものを送ったが、確かに買い占めはあった。その意味では「必要がないのに買うのはやめよう」は理解できる。

 だが、日頃のCMは、必要なくても買いましょう、と宣伝しているのではないのか。ならばCMはやめたらどうか。



 そしてもうひとつ。「日本の力を信じてる」、「みんなでやれば、大きな力に」と、テレビで何度も繰り返される。

 ACジャパン。その役員には、メディア関係と電力・瓦斯会社がそろい踏み。

http://www.ad-c.or.jp/manage/board.html

 「みんなでやれば・・・」と言うのなら、きちんと情報を出しましょう。正確な情報がだされたとき、はjめて「みんな」はまとまるのだ。

 
 バカ番組が復活している。まさか諸君、見てはいないだろうね。テレビは人間の思考力を麻痺させる、とボクはよく言っていたはずだ。すくなくとも、ゴールデンタイムに流されているバカ番組は見ないようにしよう。 
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情報が信じられない国

2011-04-13 10:16:02 | 日記
 公に流されてくる情報は、信用できない。また本来なら流されなければならない情報が流れてこない。とすると、私たちは様々な方法でより確かな情報を得ようと努力する。そのなかで、虚偽の情報をつかまえてくることもあるかもしれない。しかしこれはある意味でやむを得ないことだ。虚偽の情報は、しかし、いずれは淘汰されていくだろう。

 さて私のうちでは、もう魚は食べられないね、と語る。もちろん、日本海側や外国産のものは大丈夫だろうと思うが、太平洋側のものはどうも口にしたくはない。年齢を重ねているから大丈夫だと言われても、危ないと思われるものを口にすることは、やっぱりしたくはない。
 
 公に流されてくる情報は、「大丈夫」、「安全」、「直ちに・・・」、「健康に影響ない」だけで、しかしその根拠は示されない。マスメディアの報道は、かならず最後に当局者のこういう情報をつける。しかしその当局者の言明の根拠を自前で調査した形跡はない。放射能は垂れ流し、ガセ情報も垂れ流し。

 日本政府が、かくも信用できないところだとは予想していなかった。

 だから、武田邦彦氏の主張に耳を傾ける。

http://takedanet.com/2011/04/53_3dac.html

 確かに、報道からは、ヨウ素やセシウムのことばかりが流される。プルトニウムは一回、そして今日はじめてストロンチウムのことがでた。

 NHKの報道である。「放射性ストロンチウム 初検出」という記事である。

 
 福島第一原子力発電所から30キロ以上離れた場所の土と植物から、骨に蓄積する性質のある放射性ストロンチウムが検出されました。福島第一原発の事故で放射性ストロンチウムが検出されたのは初めてですが、文部科学省は極めて微量で健康に影響はないとしています。

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110413/k10015274191000.html

 だから、今日の「中日春秋」である。

 福島第一原発の危機により、人々の気持ちが原発依存の見直し、つまり「脱原発」に傾いているのは確かだろう。それを「感情論」とみなす政治家もいるようだが、そうだろうか

▼どんな政策であれ、いかなる問題が生じても、不退転で継続するというものはない。問題があれば見直すのが道理だ。その場合、判断基準になるのは、生じた「問題」の大きさ、深刻度だろう

▼福島の原発では、震災から一カ月を過ぎても綱渡りのような冷却と放射能汚染水の処理作業が続き、危機の出口は見えない。最近も一時、電源が失われるなど、強い余震のたびに誰もが肝を冷やす状態だ

▼この、わが国原発政策上に生じた問題は、小さいか。当然、否だ。されば、世論が「脱原発」に傾いたとしても、それは感情論でなく、むしろ論理的というべきだろう

▼蓋(けだ)し、戦争でも企業の活動でも「進む」より「退く」が難しいといわれる。それまでに費やした努力やコストが継続への圧力になり、ふんぎりがつけづらいからだ。だが、撤退や路線見直しの時機を誤って、より大きな失敗に至った例は歴史上いくらでもある

▼政府は昨日、放出された放射性物質の総量に基づき、今回事故の深刻度を、あのチェルノブイリ事故と同じ「レベル7」に引き上げた。これでも、政策見直しの契機となる「問題」としては深刻度が足りないのだろうか。
http://www.chunichi.co.jp/article/column/syunju/CK2011041302000013.html
 


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日本政府は公表しないが・・・

2011-04-12 23:32:29 | 日記
 フランス政府は、日本に住むフランス人に何を食べてはいけないかなど、注意書きを公表している。日本政府が示さないから、僕らはフランスの資料をみる。

http://www.irsn.fr/EN/news/Documents/IRSN_Information-note-for-french-citizens-in-japan_N2-08042011.pdf
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