hiyamizu's blog

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レイモンド・チャンドラー『リトル・シスター』を読む

2011年11月13日 | 読書2
レイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳『リトル・シスター』2010年12月早川書房発行、を読んだ。

村上春樹のレイモンド・チャンドラーの翻訳には、世評の高い『ロング・グッドバイ』と『さよなら、愛しい人』がある。3作目は村上さんが個人的にとくに「愛おしい」という本書『リトル・シスター』だ。


裏表紙にはこうある。
「あなたはとことん見下げ果てた人間です」私は二十ドルぶんの通貨を、デスクの向こう側に少し押し出した。「君は二十ドルぶん、彼のことを案じていた。しかし何を案じているのか、もうひとつよくわからない」
行方不明の兄オリンを探してほしい―私立探偵フィリップ・マーロウの事務所を訪れたオーファメイと名乗る若い娘は、20ドルを握りしめてこう言った。いわくありげな態度に惹かれて依頼を引き受けることとなったマーロウ。しかし、調査を開始した彼の行く先々で、アイスピックでひと刺しされた死体が! 謎が謎を呼ぶ殺人事件は、やがてマーロウを欲望渦巻くハリウッドの裏通りへと誘う…。村上春樹が「愛おしい」作品と呼び、翻訳を熱望した『かわいい女』、ついに半世紀ぶりの新訳なる。




レイモンド・チャンドラー Raymond Chandler
1888年シカゴ生れ。7歳のころ両親が離婚し、母についてイギリスへと渡る。名門ダリッチ・カレッジに通うも卒業することなく中退。
1912年アメリカへ戻り、いくつかの職業を経たのち、1933年にパルプ雑誌“ブラック・マスク”に寄稿した短篇「ゆすり屋は撃たない」で作家デビュー
1939年『おおいなる眠り』
1953年『長いお別れ(ロング・グッドバイ)』でアメリカ探偵作家クラブ(MWA)賞最優秀長編賞
1959年70歳で没



私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)

人と事件が複雑で、充分に説明されないまま進んでいくこともある。訳者の村上さんも、誰が犯人か解らないところや、整合がとれない点も多いと書いている。実際、読んでいる途中で混乱することも多かった。
では何で「四つ星:お勧め」か、というと、いつものように苦笑してしまう私立探偵マーロウの会話、存在の魅力だ。加えて、純粋、素朴、潔癖そのものと思える依頼人オーファメイ・クエストの描写、そして謎だ。



以下、村上さんの「訳者あとがき」について。

「訳者あとがき」によれば、本作は著者チャンドラーが唯一嫌いな作品だという。著者は4年間ハリウッドに身をおき、売れっ子ライターで給料も良かったが、過酷な仕事で、本作品の執筆を中断させられることもしばしばだったという。このためもあって、チャンドラーはハリウッドのくだらなさにうんざりしていた。
本作にもそんな記述が散見するが、ひとつだけ挙げる。
「寝そべって空に浮かんだ淡い星を見上げている男がいた」
星はハリウッドから遠く距離を置くだけの節度を持ち合わせていた。


また、本作には前4作にないくたびれた中年男の侘しさが漂っている。
埃まみれのクーペやセダンに乗った疲れた男たちはたじろぎ、ハンドルをしっかりと握り締め、我が家に向けて、夕食に向けて、北に西にとぼとぼと家路を辿る。家で彼を待っているものといえば、新聞のスポーツ・ページか、騒がしいラジオの音か、甘やかされた子供たちの泣き声か、愚かな細君の果てしないおしゃべりか、その程度のものだ。


では、村上春樹はこの作品のどこが気に入っているのか?
まずだいいちにオーファメイ・クエストという女性が素晴らしくうまく書けているからだ、僕はこのオーファメイの出てくるシーンを読むためだけでも、この本を手に取る価値があるとさえ考えている。


著者自身はこの作品について「すぐ脇道にそれて、気の利いたことを言ったり、悪ふざけをしたり、そんなことばかりうつつを抜かしている」と言っているが、村上さんはそれこそがチャンドラーの魅力で、訳していても楽しかったと語っている。

いつもながら、村上さんのあとがきは嬉しい。客観的、公平でありながら充分気を使った評価、同じ作家として創作する立場からの分析がある。そして、個人としての作品、著者へのいとおしさに溢れている。


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