角田光代著『幾千の夜、昨日の月』2011年12月角川書店発行、を読んだ。
著者が20代の頃に旅したベトナム、モンゴル、エジプト、ペルー、モロッコの砂漠ツアーなどでの夜の話、あるいは日常のなかでの夜に関するエッセイが24編収録されている。
ビビリ屋だという角田さん、外国、それも未開発地域が多いから、ひとり旅なら夜は恐いだろう。手違いで夜に空港に着いてしまって、知らない土地でホテルまでの夜の道、部屋の中の巨大ヤモリ、群れるゴキブリ、道をふさぐ酔っ払いや、あやしいベンツ等。夜は恐ろしい。でも、若かった角田さんは進む。
モロッコでのだいだい色に強烈に光る月や、怖いほどの星空の下にあるモンゴルの平原の夜。
知らない町で彼と会い、もともと駄目だと思っていた一人勝手な恋の終わりを悟る。「じゃーね」といって最後の別れをして、誰もいない夜の駅のベンチで「恋、だめだったなあ」と思う。
あまりに平凡だと思っていた友が、どうでも良いことには妥協してしっかりと目標を持っていたことに驚く。夜を徹して語り合った夏の林間学校の二段ベッド。
臨終を迎えようとしていた母と過ごす消灯時間が過ぎたあとの病室。
アジアの奥地に入り、ビクビクしながら小さな店で食事をとっていると、見知らぬ男が近づいてくる。こわごわ見上げると、突然、その男は、鼻の下に人差し指と中指を当てて言った。 「カトチャン ペッ!」
角田さんは腰が砕けたという。
初出:月刊誌「本の旅人」2008年4月から2010年3月
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
私など夜というと、眠れない夜、一歩先も見えない夜、満点の星の夜などしか思い浮かばないが、夜というテーマに絞っても、もう一歩進んでこれだけの話を書いてみせる角田さんの筆力に、当たり前だが、平伏。
角田さんは「子供のころには夜がなかった。」という。そう言えば私も子供の頃は、夜は早く寝ろと言われ、ふすま越しに楽しそうに話す大人たちの声を聞きながら布団の中で涙をこぼしていたのを思い出した。
年取った私はもはや安宿には泊まれない。若い時でも不潔な部屋は無理だった。角田さんはすごい。