三浦しをん著『舟を編む』2011年9月光文社発行、を読んだ。
「サンデーらいぶらりぃ」での角田光代のこの本への書評にこうある。
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会社人生を辞書に捧げてきた荒木は、定年間近、自分の後継者を見つける。変人と噂される馬締光也。彼が辞書編集部に異動して、辞書『大海渡』の編纂が続行される。馬締とほかの個性あふれる社員たちとのやりとりに笑い、馬締の不器用な恋ににやにやしつつ、言葉について考えさせられ、辞書というものがどのように作られるのか、はじめて知る。なんて地味なんだろうと思っていた辞書作りが、何か、目の離せないスポーツ競技のようにも思えてくるのである。そして企画から出版までに、なんと十三年もの月日が費やされる。
主人公の馬締は「まじめ」と読む。文字通り真面目一徹な変人で、言葉に敏感な若者だ。先輩のチャラ男西岡、会社人生を辞書に捧げてきた荒木、食事中も用例採集カードを手放さない辞書の鬼松本先生と魅力的な人々が囲む。
題名は「辞書は言葉という大海原を航海するための船」という考えから。
初出:「CLASSY」2009年11月号~2011年7月号
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
辞書を作ること自体は、なんといっても地味な仕事の連続なので、一般受はしないのではと四つ星にした。しかし、登場する人物はいずれも個性的で、いつもの三浦作品のように多少漫画的だが、人々のキャラ、動きは魅力的に書けている。
私は似たような編集仕事の手伝いをしてはじめて、恐ろしいほど地道で非効率的作業の積み重ねによって辞典、事典は作られていることを知った。
報われないそんな仕事に情熱を燃やす人がいてはじめて我々はそんな本を今は手にできているのだ。そして、広範であるが、確実性の乏しいネット情報と違って、辞典、事典などの書籍制作には、校正というもっとも非効率な作業の積み重ねをする文化が継承されていて、それにより、知的文化の基礎が今はからくも守られているのだということを知ってもらいたい。その意味では五つ星にしたいのだが。
馬締は再校を戻す日になって、正字ではない字体が混入していることを発見する夢を見てうなされる。その話を聞いて、新人が「せいじ(正字)ってなんですか」と聞く。「基本的には、『康煕字典』に基づいた正規の字体のことです。」と彼は答える。
このあたりも、事典類の編集の仕事を目にするまでは、そんなことで大変な労力を使っているとは想像しなかった。