川口則広著『芥川賞物語』(2013年1月バジリコ発行)を読んだ。
第1回(昭和10年/1935年上期)から第147回(平成24年/2012年上期)までの芥川賞の、選考委員、受賞作、候補者と候補作、選考過程概要、選考のエピソードをまとめている。
1935年、第1回芥川賞の、選考委員は、菊池寛、佐佐木茂策、川端康成、久米正雄、小島政二郎、佐藤春夫、瀧井孝作、谷崎潤一郎、室生犀星、山本有三、横光利一で、候補者が、石川達三、外村繁、高見順、衣巻省三、太宰治というのだからすごい。
候補経験(落選)の多い作家たちに聞くと、
(1963年当時からこんなことやっていたとは! 今だともっとひどいのでしょう)
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
ただただ、147回の選考過程が並ぶので、芥川賞に関心がない人には勧められない。
私には、個々の選考時のエピソードにも興味をひかれたが、賞のあいまいな選考ルールが年ごとにふらふらしながら、ある範囲に収まり、他賞を圧倒して最上位の賞としての地位を確立っていく過程、流れが面白かった。
例えば、1,2回は一般公募もあったが、見るべき作品が寄せられず、3回以降は同人誌などの中から選定する方法にしたのだ。今、一般公募したら、何万と集まって大混乱だろう。
候補作は、単行本作品は除外する、同人誌の他商業誌の対象にする、あるいは候補者は実績ある者は除外するなどのルールは変遷し、ときには例外と無視された。
(2012年『冥土めぐり』で受賞の鹿島田真希は、デビュー14年、11冊の小説刊行)
77年に渡り次々とデビューしてくる小説家のリストを見て、すぐ消える人、しばらく頑張る人、しぶとく続く人、一気に活躍する人、大衆小説や官能小説へ流れる人など、選考時の運不運とその後の消息が、人ごとながら、いや人ごとだからこそ面白かった。
川口則広(かわぐち・のりひろ)
1972年東京生れ。筑波大学比較文化学類卒。直木賞研究家
2000年からHP「直木賞のすべて」
2008年上記HPのサブコンテンツ「芥川賞のすべて・のようなもの」
川上弘美は1m76cmある! 石原慎太郎は東宝に入社して一日だか出社して退社した。
第1回(昭和10年/1935年上期)から第147回(平成24年/2012年上期)までの芥川賞の、選考委員、受賞作、候補者と候補作、選考過程概要、選考のエピソードをまとめている。
1935年、第1回芥川賞の、選考委員は、菊池寛、佐佐木茂策、川端康成、久米正雄、小島政二郎、佐藤春夫、瀧井孝作、谷崎潤一郎、室生犀星、山本有三、横光利一で、候補者が、石川達三、外村繁、高見順、衣巻省三、太宰治というのだからすごい。
候補経験(落選)の多い作家たちに聞くと、
いちばんいやな気持ちだと口をそろえていうのは、選考前日の、インタビュー予約である。つまり、テレビ、ラジオ、新聞、雑誌などから「当選したら――」という前書きつきで予約をさせられるのだ。
(1963年当時からこんなことやっていたとは! 今だともっとひどいのでしょう)
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
ただただ、147回の選考過程が並ぶので、芥川賞に関心がない人には勧められない。
私には、個々の選考時のエピソードにも興味をひかれたが、賞のあいまいな選考ルールが年ごとにふらふらしながら、ある範囲に収まり、他賞を圧倒して最上位の賞としての地位を確立っていく過程、流れが面白かった。
例えば、1,2回は一般公募もあったが、見るべき作品が寄せられず、3回以降は同人誌などの中から選定する方法にしたのだ。今、一般公募したら、何万と集まって大混乱だろう。
候補作は、単行本作品は除外する、同人誌の他商業誌の対象にする、あるいは候補者は実績ある者は除外するなどのルールは変遷し、ときには例外と無視された。
(2012年『冥土めぐり』で受賞の鹿島田真希は、デビュー14年、11冊の小説刊行)
77年に渡り次々とデビューしてくる小説家のリストを見て、すぐ消える人、しばらく頑張る人、しぶとく続く人、一気に活躍する人、大衆小説や官能小説へ流れる人など、選考時の運不運とその後の消息が、人ごとながら、いや人ごとだからこそ面白かった。
川口則広(かわぐち・のりひろ)
1972年東京生れ。筑波大学比較文化学類卒。直木賞研究家
2000年からHP「直木賞のすべて」
2008年上記HPのサブコンテンツ「芥川賞のすべて・のようなもの」
川上弘美は1m76cmある! 石原慎太郎は東宝に入社して一日だか出社して退社した。