高田郁著『ふるさと銀河線 軌道春秋』(双葉文庫 た-39-01、2013年11月双葉社発行)を読んだ。
苦難のなかで真の生き方を追い求める人びとの姿を、美しい列車の風景を織りこみながら描いた珠玉の短編集。
お弁当ふたつ
塩分2.5mg以下、熱量600キロカロリー、工夫しながら夫・板倉潤一の弁当を作る妻・佐和。「こんな不味いもん食わされて、何が楽しくて生きてんの?あのヒト」大学生の長男は言い放つ。平凡ではあるが、平和な家庭が続くと信じていたが、夫は・・・。内房線館山駅を過ぎて向かい合わせに座った二人は、今日だけ特別に味を濃くした弁当を食べる。
車窓家族
大阪と神戸を結ぶ私鉄の車窓から、「文化住宅」のカーテン空け放した老夫婦の部屋が見える。イラつくことも多い車内からつい視線を送る様々な人達。
ムシヤシナイ
JR大阪環状線のT駅のホームにある立ち食い蕎麦屋。東京の高校生の孫が突然訪ねてくる。ちゃんとした料理でない立ち食い蕎麦を出して虚しくないかと孫がたずねる。祖父は、「虫養い、という言葉が大阪にはあるんや」「軽うに何か食べて、腹の虫を宥めてとく、という意味や」と教える。厳しい父に、包丁が怖くなったという孫は・・・。
ふるさと銀河線
道東の第三セクターの運転手の兄とふたりで暮らす中3の少女。演劇の才能を認められる彼女は、帯広の高校受験を勧められるが、彼女の心はふるさと陸別への思い、夢との間で揺れ動く。「故郷って心棒だ。・・・心棒があるからこそ羽ばたける。・・・ぼくたちは何処までだって行ける切符を持っているんだ」
返信
3年前に他界した息子が旅したふるさと銀河線。老夫婦は「幸福の黄色いハンカチ」にちらりと写った懐かしい木造の駅舎を見ようと陸別駅を訪れる。しかし、駅は白亜の近代的建物に変わっていた。「何も無いけど、そこが良い」という陸別で、二人が見たものは・・・。
雨を聞く午後
学生時代に住んでいた安アパートを、客から悪しざまに言われ続ける株屋の営業になった男が訪れる。彼は叫びたかった。「みっともなくて何が悪い、生身の人間がみっともなく生きることの何が悪い、と。」
あなたへの伝言
アルコール依存を直すために、夫と離れて安アパートに一人住む女性。「ダイジョーブ」と叫ぶセキセイインコ。「もしかしたら、真紀さんのように、明日は飲んでしまうかも知れない。でも、今日は決して飲まない。そんな「今日」を積み重ねて、いつか、あなたとの人生を取り戻したい。
晩夏光
介護した認知症の義母、そして夫も2年前に逝き、一人住まいの老婦人。関西から息子が立ち寄った翌日、何か微かな違和感を感じ、総合病院へ行く。そして、けして介護せずに病院か施設に入れてくださいとノートに書く。晩夏光(ばんかこう)とはと聞かれて、「真夏のギラギラした陽射しに比べて、柔らかで、まろみのある光でしょう?まるで今の私みたい」と答える。
幸福が遠すぎたら
新潟で酒造会社を継いだ女性に、16年前のタイムカプセル郵便が届く。大学の同級生2人から、京福の嵐山駅で集合の誘いだった。3人ともぎりぎりの地点に立っていて・・・。
著者は、時代小説デビュー前に川富士立夏の筆名で漫画原作を書いていた。その中で、原作を小説にして欲しいとリクエストが多かったのが「軌道春秋」という短編連作だったという。集英社「YOU」に28回連作の中から8編を選んで小説に書き改めた。さらに、陸別町の文芸誌への寄稿を加筆訂正した「返信」を加えている。
なお、北海道ちほく高原鉄道ふるさと銀河線は2006年に廃止され、観光鉄道「ふるさと銀河線りくべつ鉄道」として陸別駅周辺で約1kmのみ運転・乗車体験できる。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
辛い現実の中、かすかな灯りが見え、辛い分、灯りの温かさが身に染みる。高田さんの文章はしつこいところがなく、さわやかで、ほっこりする。漫画の原作からスタートしたからだろうか、私なりの映像イメージが浮かんでくる。
高田郁(かおる)の略歴と既読本リスト
以下、本書からの引用
唐の「勧酒」という詩の中の一句「人生足別離」を井伏鱒二は「『サヨナラ』ダケガ人生ダ」と訳した。これに対し、寺山修司は「幸福が遠すぎたら」を歌った。
さよならだけが
人生ならば
また来る春はなんだろう。
はるかなはるかな地の果てに
咲いてる野の百合なんだろう
さよならだけが
人生ならば
めぐりあう日は何だろう
やさしいやさしい夕焼けと
ふたりの愛は何だろう
さよならだけが
人生ならば
建てたわが家は何だろう
さみしいさみしい平原に
ともす灯りは何だろう
さよならだけが
人生ならば
人生なんか いりません