サクラ・ヒロ著『タンゴ・インザ・ダーク』(2017年11月25日筑摩書房発行)を読んだ。
筑摩書房による第33回太宰治賞受賞作発表でのあらすじは以下。
N市役所のこども課で働く三川ハジメが、ある日目を覚ますと、妻のKの姿がない。Kは地下室にこもり、火傷をしたので顔を見せたくないという。不思議に思いながらもハジメはいつも通り日々を送るのだが、Kが出てくる気配はない。そのうちハジメはKの顔を思い出せなくなっていることに気づく。地下室から出てきてほしいハジメは、あの手この手で交渉するが、Kは『オルフェウス』なる自作のアプリゲームで高得点を取ることや、暗闇の中での合奏を求める。結婚当初はよくやったタンゴのセッションで盛り上がる中、ハジメはKとの失われた絆を思い出すのだが――。
35歳で市役所勤めの三川ハジメはプログラマーのK(34歳、戸籍上は恵、双子の妹もK(惠))と3年前に結婚した。Kは、理屈っぽく風変わりな女性で、贈り物を嫌う。共通の趣味は音楽で、アルゼンチンタンゴの巨匠ピアソラの熱烈なファン。Kはクラシック・ギター、三川はフルートで、自宅の地下の防音室で合奏を楽しむ。
とくにケンカもなく過ごすうちに、三川が目を覚ますと、妻がいなくて、メモ用紙にあった。
「しばらく地下室にいます。何かあったら電話かLINEください。 K」
遅くまで働き、家ではKが作っておいてくれた夕飯を食べて寝るだけなので、とくに不便もせず過ごしていた。しかし、いつまでもKは地下室から出てこず、Kの顔を思い出せないことに気付いて、なんとかKの顔を見ようと種々画策する。地下室の電気を消した暗闇の中なら会っても良いといわれ、・・・。暗闇の中でタンゴを合奏すると、・・・。
表題作に登場する脇役が主人公の「火野の優雅なる一日」という短編がこの本には追加されている(が、どうでもいい作品)。
「タンゴ・インザ・ダーク」は太宰治賞受賞作品で、「火野の優雅なる一日」は書き下ろし。
サクラ・ヒロ(本名・桜木裕人)
1979年大阪府出身。川崎市在住。立命館大学文学部卒業。
本書『タンゴ・インザ・ダーク』で第33回太宰治賞受賞。
私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
Kの存在、キャラクターには興味が湧き、前半部はどんどん読み進められた。しかし、後半の妄想、絵空事(?)になると、私には面白味が感じられなくなった。金を払って買う本ではなく(私は図書館利用だが)、まだ実験小説としか読めない。ただし、著者の才能は感じられる。
Kの作ったゲームソフトのプレイ、演奏しながら蛇(K)に絡まれる妄想や、ピアソラとかいう人の曲の演奏の長い記述は冗長。
太宰賞贈呈式で荒川洋治氏は、(週刊読書人ウェブより)
「・・・最終選考の3篇に特徴的だったのは、アニメやゲーム、ライトノベルから吹いて来る風が環境として作品を創るときの周囲に立ちこめていること。全体に「お話」の世界でどんどん物事が展開していく。非常に洗練されていて上手なんだけれど曖昧さ、暗示性、象徴性そういった不思議な、昔漂っていたある人たちにとっては忌み嫌う文学的な雰囲気、情趣、そういったものがない。
・・・いわば文学というものを踏まえない文学の中で優れた作品があってサクラ・ヒロさんの作品はそういう素晴らしい作品だった。新しい風景に文学が突入した・・・」と会場に語りかけた。
村上春樹の作品もそうだが、現実に足が付いていないで(リアリズム小説ではない)、空想で話が進み、ドロドロがなく、人間の内部感情には立ち入らない小説だ。この種の小説は、一部のジャンルとして、もちろんあって良いのだが、今後の主流になったら困る。一種の逃げじゃないかと私には思えるので、歓迎しない。
メモ
記憶心理学の現在の主流は、人は何かを思い出すたびに物語を創作するように記憶を再構築するという「再構築理論」だ。したがって、記憶は思い出すたびに変形されることになる。記憶がある程度整合性を保つことができているのは、必ずしもそのものが正確だからではなく、論理的思考能力が不自然な部分を補正し、体裁を整えているからに過ぎない。