かぶれの世界(新)

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世界マッサージ紀行(2)

2005-07-26 22:56:42 | 健康・病気
慣れてくると毎週が楽しみになってきた。大抵は毎週のように出かけた日帰りか土日のハイキングから戻った日曜日の夕方マッサージを受けた。決まった診療所があったわけではなく、西シアトルかレドモンドの共用の診療所、都合がつかなければイサッカーの山奥にあるパトリシアの自宅でセラピーを受けた。マッサージの後半は気持ちよくなっていつも寝てしまい終わると起こされた。

なぜか彼女とは波長が合ってマッサージの最中にいろいろなことを話し合った。彼女によるとニューヨーク・ブルックリンの生まれ、離婚後シアトルに移住、2度目の結婚をしたが夫に先立たれ当時子供と二人暮らししていた。彼女は知的でユニーク、質素な生活スタイルではあるが、米国でよく目安にしていた車から判断すると経済的にはそれほど楽な生活ではなかったのだろうと思う。

マッサージ・セラピストの資格をとり、スウェーデン式の他に日本の指圧やタイ式なども教わったそうで、試しに色々やってみてくれた。彼女が言うところのタイ式は筋肉の裏側まで揉み解すのだそうで、私には飛び上がるほど痛かった。彼女の経験では日本人のお客は概して強く揉むのが好きで、かつ痛くても痛いといわないそうだ。私は強いのが好きなわけではないが、何故か簡単に痛いとは言いたくなかった。

彼女は面白い顧客の話もしてくれた。筋肉隆々のボディビルダーのような男性顧客の話をしてくれたことがある。彼は男性的な体形を保っていないと女性にもてないと強迫観念を持っていたが、筋肉が石のように硬くなりセラピーを受けに来たらしい。揉み解すまでに私の倍以上ものエネルギーが必要だったらしい。それでもプロのセラピストの技を絡めた腕力が如何に強いか最初は疑っていた彼も認めたそうである。

いつの間にか私は会社やプライベートの悩み事を話し、彼女の助言を聞くようになっていた。彼女自身は会社務めの経験があり、2度目の亭主はボーイング社のマネージャだった。ボーイング社内の仕事のプレッシャーがもとで心臓を患い亡くなったそうで、会社勤めがどういうものか理解していたと思う。日々の現地工場運営の悩み事を理解し聞き役になってくれた。特に会社の人事というと大げさだが、いろいろな局面で従業員が本音でどう考えるのか彼女の意見を参考にしたことがあった。

ある時会社で人事マネージャの説明を聞き、それに対してこういう考えはどうかと従業員の立場で発想しそうな意見を言ってみることで良い方針が得られたこともある。日本人スタッフと現地従業員の関わりや、少数民族の上司との意見の違いに対する悩みも話した。今から考えるとバドミントンやハイキングなど趣味の話も少しはしたが、殆どは仕事の話ばかりしていた。彼女が言うには私の話は従業員の心配ばかりでとても好い人だとわかった。が、それでは肩が凝りマッサージが必要になるはずだ、と。

プライベートな事も時には話した。日頃母親とコミュニケーションが噛合わないとぼやくと、折に触れてカードを送れというアメリカ式の助言をしてくれた。やってみると意外と効果があったが長続きしなかった。いずれにしてもマッサージもさることながら毎週こうやってリラックスして普段誰にも話せないことを愚痴るのが楽しみだった。

彼女は研究熱心で、時々タイ式のほかにも新しいやり方を試してくれ、新しいオイルを試してみてくれた。ダライラマにはまっていたが、無信心の私はその話にはあまり乗らなかった。年が明けるとある日突然、暫らく休暇をとってニュージーランドに行ってくる、帰国はいつになるか未定という。何となく彼女が信奉しているダライラマが間接的に関係していると疑ったが詳しいことは聞かなかった。2,3ヶ月たってついにその日が来た。西シアトルの診療所で最後のマッサージが終わったあと、徐々に慣れてきた米国風の長い別れのハグをして毎週習慣にしていたパトリシアのマッサージが終わった。それでは次回まで。■


コメント
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