昨年末、息子がある新聞記事を読むよう勧めてくれた。それは12月30日付けの朝日新聞の特集記事「リスク社会に生きる」で、放射線に比べ喫煙や飲酒などの生活習慣の発ガンリスクの方が格段に高いと報じていた。国立がんセンターの具体的なデータを示して、例えば100~200mシーベルトの被爆者の発ガンリスクが8%増なのに対し喫煙者が60%増というものだった。
しかし、2006年に一般女性を対象に実施された調査では、最大のリスクは原子力(専門家は8位と見ている)で、喫煙は8位(同1位)飲酒は21位(同2位)だった。原子力の安全神話が崩れた今、専門家の見方も見直されなければならないだろう。だが、昨今の放射線が1-20mシーベルトの領域でのリスク議論は、明らかに過剰反応であると考えさせられる内容であった。
何故こんな風に偏った見方が国民の間に広まってしまったのか。同記事は「リスクに戸惑う国民が悪いのではなく、分かりやすく伝える工夫が、専門家や行政にこそ求められている」と他人事のように指摘している。だが、責任の多くはマスコミ報道にあったと私は見る。特にテレビ報道は専門家や行政の信頼を傷つけるために大きな貢献をした。
お茶の間に人気のタレントや司会者が十分な知識も無く不安を煽り、それを許した放送局や新聞がこういった偏った理解を作り上げた。比較的公平な報道をしたNHKでさえ例外でなかった。私が見た朝の番組で視聴者の食事に含まれる放射能を測定した時、スペクトル図は自然界から発生する放射線が圧倒的に多く専門家は同じように健康に害があると言ったが、番組は無視して原発から出た特定の放射線しか議論しなかった。
朝日新聞はこの記事で正気に戻り、よって立つグランドを水平にしたと思う。「全国に放射線アレルギーが蔓延したこの期に及んで」という言い方も出来るが、仮にアリバイつくり(多分そうだ)だとしても私は評価する。この記事は今後の放射能に関する報道に一定の常識の枠を持ち込んだように感じる。このところ民放のニュースバラエティ番組から偏った意見が消えたように感じるのはこの記事の効果かもしれない。
続いてこの記事の翌日12月31日、朝日新聞は消費増税法案の素案が固まったとトップで報じた。異例だったのは、2面の社説ではなくその記事の真横に同じ大きさで「増税を先送りすると待っているのは国家破綻、即ち財政破綻であり、社会保障と経済社会全体の危機である、政治は選挙に有利不利ではなく国民の為に行動せよ」と署名入りの記事で熱っぽく語っていることだ。
ギリシャ財政危機に端を発した欧州危機を目の当たりにして、痛みの先送りを続ける我国が同じ轍を踏む恐れがあるという危機感に溢れた論説であった。この記事は朝日が消費増税と社会保障の一体改革を支持すると宣言したに等しい(必ずしも政府案に賛同する訳ではないが)。
朝日新聞は福祉ポピュリズムの権化で、往々にして木を見て森を見ない代表みたいに思っていた私にはとても意外だった。上記の放射線アレルギーを正す記事といい、この一連の記事で朝日新聞の変心を感じた。何が起こったのだろうと私は訝った。朝日新聞は購読しているがそれは家族用で私自身は朝日を殆ど読まない。正直言うと朝日イメージの修正だが、だとしても悪くない。
現実はその日の朝日新聞でも第2面に政治部記者が書いた政局記事が掲載され、その後も野党及び小沢派の反対運動で政局がどう動くかが新聞テレビのトップニュースだ。逆転国会における野党は法案の成否を握っている。マスコミは政府と同じように野党にも責任を問う厳しい目を向けて国民に伝えていくべきであり、朝日にはその姿勢を保っていって欲しい。■