○野口武彦『大江戸曲者列伝・太平の巻』(新潮選書) 新潮社 2006.1
『長州戦争』(中公新書 2006.3)が面白かったので、しばらく野口武彦さんに付き合ってみようと思う。本書は、雑誌「週刊新潮」に連載された江戸時代のゴシップ集である。
一流の学者が、筆のすさびに書いた小話は面白い。というか、こういう小話をたくさん書ける学者こそ、一流の学者だと、どこかで私は信じている。ネタ元はいちいち明らかにされていないが、それなりに同時代の資料があるのだろう。たぶん、掃いて捨てるほどの嘘八百の中から、キラリと光る鋭い観察を掬い上げるのが、著者の技量である(たとえその逸話が真実でなくても)。
登場人物は有名無名さまざまだが、あまりカッコいい話はない。だいたい、旗本とか大名と呼ばれる人々は、今の官僚と同じで、陰険、強欲かつ小心である。ときどき、気の毒なほど、みっともないことをしでかしてくれる。日本の歴史は、こんなふうに作られてきたのかと思うと、ほろ苦い。こういうのも、自虐史観というのかしら。
通常、貶められることの少ない大学者に対しても、著者の筆は厳しい。家康のために方広寺鐘銘事件を演出した林羅山とか、プライドが高くて就職しなかった太宰春台とか、老害をふりまいた佐藤一斎とか。
例外的に颯爽とした姿で一話をシメるのは、幕末の英才・安藤長門守くらいか。個人的には「いつも万葉気分」の平賀元義も好きだ。この位くらい屈託がないと、文句のつけようがない。
頼山陽の愛人の江馬細香とか、教養あふれる日記を残した井関隆子とか、数は少ないけど、女性のほうが溌剌と書かれているかな。いや、一方には愛欲地獄みたいな本寿院の逸話も伝えられる(晩年は幽閉され、庭のモミの木によじのぼり、切なげに身悶えしていたというこの話、どこかで読んだことがあるなあ)。
『長州戦争』(中公新書 2006.3)が面白かったので、しばらく野口武彦さんに付き合ってみようと思う。本書は、雑誌「週刊新潮」に連載された江戸時代のゴシップ集である。
一流の学者が、筆のすさびに書いた小話は面白い。というか、こういう小話をたくさん書ける学者こそ、一流の学者だと、どこかで私は信じている。ネタ元はいちいち明らかにされていないが、それなりに同時代の資料があるのだろう。たぶん、掃いて捨てるほどの嘘八百の中から、キラリと光る鋭い観察を掬い上げるのが、著者の技量である(たとえその逸話が真実でなくても)。
登場人物は有名無名さまざまだが、あまりカッコいい話はない。だいたい、旗本とか大名と呼ばれる人々は、今の官僚と同じで、陰険、強欲かつ小心である。ときどき、気の毒なほど、みっともないことをしでかしてくれる。日本の歴史は、こんなふうに作られてきたのかと思うと、ほろ苦い。こういうのも、自虐史観というのかしら。
通常、貶められることの少ない大学者に対しても、著者の筆は厳しい。家康のために方広寺鐘銘事件を演出した林羅山とか、プライドが高くて就職しなかった太宰春台とか、老害をふりまいた佐藤一斎とか。
例外的に颯爽とした姿で一話をシメるのは、幕末の英才・安藤長門守くらいか。個人的には「いつも万葉気分」の平賀元義も好きだ。この位くらい屈託がないと、文句のつけようがない。
頼山陽の愛人の江馬細香とか、教養あふれる日記を残した井関隆子とか、数は少ないけど、女性のほうが溌剌と書かれているかな。いや、一方には愛欲地獄みたいな本寿院の逸話も伝えられる(晩年は幽閉され、庭のモミの木によじのぼり、切なげに身悶えしていたというこの話、どこかで読んだことがあるなあ)。