○野口武彦『大江戸曲者列伝・幕末の巻』(新潮選書) 新潮社 2006.2
『太平の巻』の続き。時代は幕末。世相はいよいよ混迷の度を深め、さまざまに個性的な登場人物が駆け抜ける。梶原雄之助という(たぶんそれほど有名人ではないと思うが)幕府歩兵隊の”鬼軍曹”を扱った章の最後に、この言葉があった。明治の「め」の字はメチャクチャの「め」である。
笑った。全くそのとおりだ。私は、明治というのは、大正や昭和に比べて、間違いの少ない「偉大な時代」だと思っていた。ところが、どうもそうではないらしい、ということに気づいたのは昨年あたりからである。
明治に先立つ江戸の末期。これは「政治・経済・社会のすべてにわたる多臓器不全の時代」だった。なんだか今の日本にも似ている。そして、徳川幕府が、ついにこの病根を取り除くことができなかったのは、成熟した都会文明が「クソマジメ」な療治を嫌ったためだという。旗本たちは真剣な話が苦手。当事者感覚はゼロ。冷笑こそが「洒脱」でカッコイイ。その結果、江戸の主人は入れ替わり、庶民は大量の失業と社会不安に追い落とされた。
確かに、幕末の江戸人の狂躁的な「不真面目」には、うんざりするものがある。かと言って、「クソマジメ」の果ては『夜明け前』の青山半蔵の狂気ではなかったか。特別な才能のない庶民が、時代の変わり目に生きるのは、どっちにしても大変なことだ。
本書に登場する何人かは、幕末の混迷を生き抜いて、明治の元勲と呼ばれた。たとえば、初代総理大臣の伊藤博文。若い頃は過激な尊攘派の志士で、イギリス公使館焼き打ちに参加したことは、よく知られた逸話であるが、実際に人を斬ったこともあるという。斬られたのは、塙保己一の息子の塙次郎。うーむ。明治政府の初期って、自ら手を下して人を斬った経験のある者が総理大臣になってたのか。後年、伊藤は安重根に暗殺されるが、テロリスト上がりの宰相がテロリストに殺害されたわけだ。だからテロを正当化できるというのではないが、そのとき、伊藤の内心には、殺人から遠い日常に暮らす我々には理解しがたい思いが去来していたのではないかと思った。
伊藤もそうだが、池田長政(外交交渉のため、フランスを訪れた徳川使節団の正使)とか、山口直毅(兵庫開港を求めて大阪湾に入港した四ヶ国艦隊と交渉した責任者)とか、幕末の外交官は、苦労のわりに、後世の評価で報われていないなあ、と思った。しかし、欧米諸国を教師に、外交のイロハを教わっていた日本が、今や国連の常任理事国でないのは「納得できない」と考える人が多い(最近のYahoo!投票)というんだから、変われば変わったものである。
『太平の巻』の続き。時代は幕末。世相はいよいよ混迷の度を深め、さまざまに個性的な登場人物が駆け抜ける。梶原雄之助という(たぶんそれほど有名人ではないと思うが)幕府歩兵隊の”鬼軍曹”を扱った章の最後に、この言葉があった。明治の「め」の字はメチャクチャの「め」である。
笑った。全くそのとおりだ。私は、明治というのは、大正や昭和に比べて、間違いの少ない「偉大な時代」だと思っていた。ところが、どうもそうではないらしい、ということに気づいたのは昨年あたりからである。
明治に先立つ江戸の末期。これは「政治・経済・社会のすべてにわたる多臓器不全の時代」だった。なんだか今の日本にも似ている。そして、徳川幕府が、ついにこの病根を取り除くことができなかったのは、成熟した都会文明が「クソマジメ」な療治を嫌ったためだという。旗本たちは真剣な話が苦手。当事者感覚はゼロ。冷笑こそが「洒脱」でカッコイイ。その結果、江戸の主人は入れ替わり、庶民は大量の失業と社会不安に追い落とされた。
確かに、幕末の江戸人の狂躁的な「不真面目」には、うんざりするものがある。かと言って、「クソマジメ」の果ては『夜明け前』の青山半蔵の狂気ではなかったか。特別な才能のない庶民が、時代の変わり目に生きるのは、どっちにしても大変なことだ。
本書に登場する何人かは、幕末の混迷を生き抜いて、明治の元勲と呼ばれた。たとえば、初代総理大臣の伊藤博文。若い頃は過激な尊攘派の志士で、イギリス公使館焼き打ちに参加したことは、よく知られた逸話であるが、実際に人を斬ったこともあるという。斬られたのは、塙保己一の息子の塙次郎。うーむ。明治政府の初期って、自ら手を下して人を斬った経験のある者が総理大臣になってたのか。後年、伊藤は安重根に暗殺されるが、テロリスト上がりの宰相がテロリストに殺害されたわけだ。だからテロを正当化できるというのではないが、そのとき、伊藤の内心には、殺人から遠い日常に暮らす我々には理解しがたい思いが去来していたのではないかと思った。
伊藤もそうだが、池田長政(外交交渉のため、フランスを訪れた徳川使節団の正使)とか、山口直毅(兵庫開港を求めて大阪湾に入港した四ヶ国艦隊と交渉した責任者)とか、幕末の外交官は、苦労のわりに、後世の評価で報われていないなあ、と思った。しかし、欧米諸国を教師に、外交のイロハを教わっていた日本が、今や国連の常任理事国でないのは「納得できない」と考える人が多い(最近のYahoo!投票)というんだから、変われば変わったものである。