見もの・読みもの日記

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旅のはじめに/オランダ紀行(司馬遼太郎)

2008-03-09 23:57:36 | 読んだもの(書籍)
○司馬遼太郎『オランダ紀行』(朝日文庫 街道をゆく35) 朝日新聞社 1994.12

 突然、オランダに行くことになった。初めて出張の計画を告げられたのは、3週間ほど前のことだった。「オランダ」に何の関心も予備知識もなかった身なので慌てた。こういうとき、ガイドブックとしては、やっぱり「地球の歩き方」が一番いい。観光地としてはマイナーな小都市の情報が詳しい。それから、その土地の歴史的背景を知るために、最も簡便なガイドが、この「街道をゆく」シリーズである。これまでも、私は「韓のくに」「中国・蜀と雲南のみち」「ニューヨーク散歩」などのお世話になっている。

 本書は1989年9~10月の旅の様子を、1989年12月~1990年8月に週刊朝日に発表したものである。旅の同行者に、ルーマニア出身でライデン大学日本学科で学んだメリンダさんという女性が登場する。彼女がルーマニアを「脱出」してきたと聞き、著者は驚く。このとき「(チャウシェスク政権の)数ヶ月後の大崩壊など予感もできなかった」と。ああ、そうか。本書に描かれている風景は、まさにあの1989年、ベルリンの壁崩壊(同年11月9日)直前のヨーロッパなのだと思うと、感慨深いものがある。

 旅の途中、半日のドライブでオランダ、西ドイツ、ベルギーを駆け抜け、戦前のソ連と満州国の国境の重々しさを思い出す。ヨーロッパでは国境がこのようにのどかでやわらかいものになるまでに、数世紀の間、戦争を重ねてきた。「あるいは西ヨーロッパは一つである、という思想が、西ヨーロッパで共通のものになろうとしている」という下りも、今では歴史の証言に感じられる。

 いちばん興味深く読んだのは、やはり日本とのかかわりである。咸臨丸が造られたキルデンダイクの造船所。誰もが知る名前、シーボルト。日本に初めて体系的な西洋医学をもたらした軍医ポンペ(後年、ドイツのカルルスルーエで開かれた世界赤十字会議で、留学中の鴎外森林太郎はポンペに会い、全日本人に代わり、彼に謝意を述べたという。これ、出典は鴎外の文集なのかなあ)。土木分野のお雇い外国人は、ファン・ドーレン、デ・レーケなど、オランダ人が多かった。しかし、日本のような急峻な地形が苦手だと分かると、オーストリアから技師を招くようになった。杉田玄白の『蘭学事始』が、もとは忘れられた筆写本であったというのも、本書で初めて知った。

 ヨーロッパにおけるオランダの位置(カトリックへの抵抗、自律的な市民、コスモポリタンで自由な空気、卓越したビジネス能力)もよく分かって、私の短い滞在中の見聞と思い合わせても、なるほどと思うところがあった。
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