見もの・読みもの日記

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なぜ、反日を叫ぶのか/中国動漫新人類(遠藤誉)

2008-03-19 23:22:03 | 読んだもの(書籍)
○遠藤誉『中国動漫新人類:日本のアニメと漫画が中国を動かす』 日経BP社 2008.2

 ちょっとズルイ本である。表紙は、赤地にオレンジの雷紋、微笑みながら本に読みふけるパンダという「いかにもポップカルチャー」なデザイン。いま、日本のアニメとマンガ(動画+漫画=動漫)が中国の若者に大人気である、という話は聞いていた。コスプレイベントも大盛況らしい。だから、サブカル好きの同世代レポーターが、中国における動漫オタクの生態に共鳴して、こんな本を作ってしまったのか、と初めは思った。

 ところが「私はすでに60歳を超えている」という著者の告白を読んで、びっくりした。著者は1941年生まれ。10代前半までを中国で過ごし、「引き揚げ」の後、大学で理論物理を学んで、理系畑を歩んできたという。ポップカルチャーにもサブカルチャーにもまるで接点はない。

 著者は、大学で中国人留学生の受け入れにかかわり続けているうち、90年代半ばから、明らかな「変化」を感じるようになったという。中国新世代の若者は、日本の動漫に多大な影響を受けていることが分かった。では、彼らは日本の動漫とどう接し、どう影響を受けているのか。詳しい分析研究は、まだ誰も手をつけていなかった。それなら自分で答えを見つけるしかない。著者は「腹を決めた」と書いている。その結果(笑ってはいけないが)60歳を過ぎて、『スラムダンク』31巻を読破し、『セーラームーン』のDVDを見たり、果ては中国で海賊版のDVDまで買い込んで、研究に努めることになったという。

 だから、本書は、中国の動漫オタクの生態を、表層的に、面白おかしくレポートしたものではない。根底にあるのは、「なぜ?」を追究する、真面目な科学的探究心である。海賊版が異文化浸透に果たした役割、アメリカの統制的文化政策と日本の無策・放任主義の差異、大衆文化が招きよせる民主主義など、非常に興味深い話題が、多数取り上げられており、日本動漫好きと日本嫌い(反日感情)が葛藤なく同居する、いまどきの中国の若者の精神風景も掘り下げられている。

 さらに興味深かったのは「第6章 愛国主義教育が反日に変わるまで」の章。江沢民が「反日」に梶を切ったのはいつか、また何ゆえか(著者は、1995年、クレムリン宮殿での各国首脳晩餐会を重視する)。実際に抗日戦争を戦った世代よりも、戦争を知らない世代(江沢民もそのひとり)において反日感情が拡大再生産されるのはなぜか。中国の悪しき伝統「大地のトラウマ」(保身のために、隣人より大きな声でスローガンを叫ぶ)が影響しているのではないか。これは面白いなあ、日本の庶民の典型的な政治行動(面従腹背で忍従)とは、ずいぶん異なる。

 それから、2005年の反日デモの発端が、アメリカの台湾華僑であったことの意味(彼らは大陸政府と敵対関係にある)。ここでは、タイトルの動漫新人類から大きく逸脱(飛躍)して、政治・外交の核心が語られている。私は、意外な展開に戸惑いながらも、著者の真率さに打たれて、最後まで読んでしまった。ネタバレになるけれど、混乱の戦後中国で暮らした著者の幼少期は、平坦なものではなかったらしい。苦悩に耐えかねて、自殺を試みたこともある、けれど当時の教師に助けられた、という漠とした告白が途中に書かれている。一見、ポップな外観に似ず、ハードな読み応えの1冊である。
コメント (1)
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