○野口武彦『井伊直弼の首:幕末バトル・ロワイヤル』(新潮選書) 新潮社 2008.2
オランダ紀行をひとやすみ。今週、時差ボケの頭に活を入れるため、読んでいたのはこの本。雑誌『週刊新潮』に連載された「安政内憂録」「安政血風録」を収める。前著『幕末バトル・ロワイヤル』(天保の改革~日米和親条約)に続き、下田開港以後の混乱、ハリス来日、日米修好通商条約調印、安政の大獄、桜田門外の変、万延遣米使節団派遣という、内政外交の大激動に加えて、地震・大風・コレラまでが相ついだ、事件「てんこもり」の安政年間を描く。
かつて、私が幕末維新史に多少の興味を持つようになったのは、司馬遼太郎の影響だった。『竜馬がゆく』とか『燃えよ剣』とか『世に棲む日々』とか、まあひととおり読んで、この時代を生きた日本人は、なんてカッコいいんだろう、と思ってシビレた。ところが、野口武彦さんの本の主役たち(体制派=幕臣が多い)は、なんだか悲しいほど小粒である。もちろん幕臣にも、それなりのスターはいる。阿部正弘とか、岩瀬忠震とかね。でも、どんなに頭脳明晰で実行力があっても、官僚は官僚で、坂本竜馬や高杉晋作のような反体制ヒーローのオーラは感じられない。
逆に、ダメ官僚の例なら、いくらでもある。その象徴が井伊直弼ということになるだろうか。未曾有の国難を前にしても、将軍継嗣人事にからむ権力闘争しか念頭にない。小心で疑り深い性格が、酷薄な「安政の大獄」を生み、反動として「桜田門外の変」を招いた。私が驚いたのは、井伊直弼亡きあとの幕府の事態収拾策である。巷間には徹底した言論統制がしかれた。ゴシップの宝庫『藤岡屋日記』にも一切言及がないという(そのかわり『桜田実記』等、ひそかに筆写回覧された写本は残っているそうだ。見たい!)。
当日、井伊本人から「負傷届」が提出され(えええ!)、翌日、将軍の上使が藩邸に「病気見舞」に訪れ、朝鮮人参を賜った。1ヵ月後「養生相叶わず」正式に井伊の死去が届け出られた。もし、暗殺=不慮の死を認めれば、「武道不覚悟」の故をもって、領地没収・家名断絶にしなければならないのだが、それを避けたのである。なんと見事な事なかれ主義。「ある」を「ない」と言い、「死んでいる」ものを「生きている」と言いくるめる厚顔ぶり。日本の官僚制度が、幕末にこれほどの”洗練”を遂げていたとは。そりゃあ、いまの霞ヶ関の官僚体質が根深いはずだなあ。
井伊と対照的なのが、無私の極みのような吉田松陰。彼は兵学書「孫子」に「幕末日本をどう兵学的に把握するか」を読み込んだという。本書にはごく一部しか紹介されていないが、非常に興味深く思った。松陰の著書『孫子評註』、読んでみたい。また、強い印象を残すのは、幕末民衆の「擦れっ枯らし」ぶりである。失墜した権力者にむけたジョーク・パロディには、剥き出しの残酷さが感じられる。抑圧・搾取される民衆なんて、生ぬるい存在はどこにいるのかとさえ思う。
私はよくは知らないが、本書はいわゆる「史談」の伝統を引いているのだろうか。有名・無名の人々が、いまそこにいるような臨場感。でも、決してでっちあげではなくて、十分信頼できる資料に依拠しているのだろう(その資料は、明かされていることもあれば、はっきり示されていない箇所もある)。とにかく面白くてためになる。もっと読みたい。
オランダ紀行をひとやすみ。今週、時差ボケの頭に活を入れるため、読んでいたのはこの本。雑誌『週刊新潮』に連載された「安政内憂録」「安政血風録」を収める。前著『幕末バトル・ロワイヤル』(天保の改革~日米和親条約)に続き、下田開港以後の混乱、ハリス来日、日米修好通商条約調印、安政の大獄、桜田門外の変、万延遣米使節団派遣という、内政外交の大激動に加えて、地震・大風・コレラまでが相ついだ、事件「てんこもり」の安政年間を描く。
かつて、私が幕末維新史に多少の興味を持つようになったのは、司馬遼太郎の影響だった。『竜馬がゆく』とか『燃えよ剣』とか『世に棲む日々』とか、まあひととおり読んで、この時代を生きた日本人は、なんてカッコいいんだろう、と思ってシビレた。ところが、野口武彦さんの本の主役たち(体制派=幕臣が多い)は、なんだか悲しいほど小粒である。もちろん幕臣にも、それなりのスターはいる。阿部正弘とか、岩瀬忠震とかね。でも、どんなに頭脳明晰で実行力があっても、官僚は官僚で、坂本竜馬や高杉晋作のような反体制ヒーローのオーラは感じられない。
逆に、ダメ官僚の例なら、いくらでもある。その象徴が井伊直弼ということになるだろうか。未曾有の国難を前にしても、将軍継嗣人事にからむ権力闘争しか念頭にない。小心で疑り深い性格が、酷薄な「安政の大獄」を生み、反動として「桜田門外の変」を招いた。私が驚いたのは、井伊直弼亡きあとの幕府の事態収拾策である。巷間には徹底した言論統制がしかれた。ゴシップの宝庫『藤岡屋日記』にも一切言及がないという(そのかわり『桜田実記』等、ひそかに筆写回覧された写本は残っているそうだ。見たい!)。
当日、井伊本人から「負傷届」が提出され(えええ!)、翌日、将軍の上使が藩邸に「病気見舞」に訪れ、朝鮮人参を賜った。1ヵ月後「養生相叶わず」正式に井伊の死去が届け出られた。もし、暗殺=不慮の死を認めれば、「武道不覚悟」の故をもって、領地没収・家名断絶にしなければならないのだが、それを避けたのである。なんと見事な事なかれ主義。「ある」を「ない」と言い、「死んでいる」ものを「生きている」と言いくるめる厚顔ぶり。日本の官僚制度が、幕末にこれほどの”洗練”を遂げていたとは。そりゃあ、いまの霞ヶ関の官僚体質が根深いはずだなあ。
井伊と対照的なのが、無私の極みのような吉田松陰。彼は兵学書「孫子」に「幕末日本をどう兵学的に把握するか」を読み込んだという。本書にはごく一部しか紹介されていないが、非常に興味深く思った。松陰の著書『孫子評註』、読んでみたい。また、強い印象を残すのは、幕末民衆の「擦れっ枯らし」ぶりである。失墜した権力者にむけたジョーク・パロディには、剥き出しの残酷さが感じられる。抑圧・搾取される民衆なんて、生ぬるい存在はどこにいるのかとさえ思う。
私はよくは知らないが、本書はいわゆる「史談」の伝統を引いているのだろうか。有名・無名の人々が、いまそこにいるような臨場感。でも、決してでっちあげではなくて、十分信頼できる資料に依拠しているのだろう(その資料は、明かされていることもあれば、はっきり示されていない箇所もある)。とにかく面白くてためになる。もっと読みたい。