見もの・読みもの日記

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法人化の帰趨/特集・大学の困難(雑誌・現代思想)

2008-09-10 23:50:13 | 読んだもの(書籍)
○現代思想2008年9月号「特集・大学の困難」 青土社 2008.9

 主として国立大学、特に人文系大学と人文学をめぐる「困難」を論じたもの。平成16年(2004)に国立大学の法人化がスタートして、今年は4年目になる。当初こそ、設置者(大学)の自立性を高めることによって、競争的環境のもと、個性ある取り組みが評価される、などというバラ色の未来予想図が飛び交ったものだ。私自身、それに期待を抱いた面もある。しかし、良心的な研究者(と私が思う人々)から聴こえてくる、その後の国立大学の惨状はひどいものだ(→小森陽一氏と西谷修氏の対談)。そして現在、特に人文学分野をめぐる困難はここに窮まれり、という状況である。

 不公平で無駄の多いCOE制度の欠陥については、複数の論者が批判的に触れている。Excellence(卓越性)という空疎な尺度を導入することで、比較不能なものを序列化し、勝ち組と負け組の二極化を加速するからくりは、読んでいて背筋が寒くなった。しかし、大学改革を推進した張本人たち、たとえば遠山敦子氏は、今どこで何をしているのか。いや、新国立劇場の理事長だってことは知っているけれど、各大学が6年間の「中期目標・中期計画」の評価を提出した本年、大学改革総体の成果を、ご自身はどう「評価」するんだろう。もう興味もないとおっしゃるんだろうか。

 競争的資金の獲得をめぐって、以前よりもはるかに従属的なメンタリティを強化され、自治の美名のもとに公共性を剥奪され、無償性の根拠を失う高等教育。2万人といわれる非常勤講師に依存した体質。事務職員の負荷。非常勤職員のプレカリアート問題。「できるだけ多くの人にできるだけよい高等教育を」という戦後日本の理想に対する健忘症。危機はチャンスである、ともいう。しかし、このガチガチにからみあった困難の連鎖を見ていると、とにかく「後戻り」を敢行することしか、決定的な対処法はないのではないか、と思う。

 一方で、いくつかの希望はある。たとえば、この夏、洞爺湖サミットと連動したG8大学サミット(うわ、こんな恥ずかしいことをやっていたのか)に対抗して企画されたG8対抗国際フォーラム。ここでは、多くの大学院生が「学生運動デビュー」をしたという。韓国における「スユ+ノモ」の実践(教育研究と生活の自立をめざす共同組織)も興味深い。書店、カルチャーセンター、公開講座などを通して、大学という活動は、大学という組織の外で生き延びていくのかもしれない。
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