○姜尚中、中島岳志『日本:根拠地からの問い』 毎日新聞社 2008.2
出版されたばかりの本書を見たときは、迷った末に手を出さなかった。姜尚中氏の本は、だいたい読んでいる。特に対談ものは逃さないことにしている(このひとは、世代や立場の全く異なる人と対話するのがうまくて、意外と座談の名手だと思う)のだが、一方の中島岳志氏を、なんとなく胡散臭く感じていたのだ。なにせ、安倍前首相お気に入りのパール判事について書いた本が評判だったので、てっきり、コイツは「右翼」か、と思っていた。しかし、4月に『思想地図』Vol.1(NHKブックス)で、はじめて中島氏の実際の発言を読んで、私の思い込みが全くお門違いだったことを知った。
ところで、姜尚中氏は一般には「左翼」と認識されていると思うが、注意深く発言を聞いていると「草の根保守」復権の必要性をたびたび主張されている。どうも、このひとは、社会党的「左翼」体質とは根本的に違う、と最近、感じるようになってきた。
本書は、そんな2人が熊本(姜尚中氏の故郷)と東京を舞台に、近代「国家」日本の生成過程について語り下ろしたもので、左翼/右翼という、手垢のついた二分法を無効にする、スリリングな刺激に満ちている。
本書には、左翼/右翼の枠を超えて、さまざまな個人・団体が登場する。著者たちが探し続けるのは、マーケットの論理を至上とするネオりべ的国家に対して、抵抗と連帯の世界観を示した人々である。「本来これは、左右で分けられないエートスなんですよ」と中島氏は言う。たとえば、戦前の玄洋社。宮崎滔天、内田良平などのアジア主義の流れ。鶴見俊輔が信頼をおいていた右翼の大物・葦津珍彦。権藤成卿や橘孝三郎の農本主義と毛沢東思想の親近性。熊本における谷川雁や水俣、炭鉱の運動。森崎和江。大政翼賛会に抵抗した鳩山一郎、吉田茂、それに中野正剛や笹川良一など。
「日本における右翼の源流は、まさに自由民権運動から生まれた」という中島氏の発言、私は、同じことを坂野潤治先生の本で教えられた。十分に咀嚼できないまま、ずっと胸中に引っかかっているテーマである。だが、このことをきちんと説明できる理論でなければ、日本の近代史は正しく理解できないのではないか、と思っている。
本書は、対談という形式の制約上、十分に整理されていない恨みはあるが、重要な思考の手がかりが、そこらじゅうに惜しげもなく曝されている。今後、2人の著者が、あるいは本書に刺激された誰かが、個々のケースをより深く追究した著作を書いてくれることを期待したい。
とりあえずは、姜尚中氏の発言に頻出する岸信介。岸の世代に、ロシア革命と社会主義(ここでは、主知的に国家を設計する思想をいう)が与えたインパクトって大きいのだなあ。姜氏の執筆が予定されている講談社「興亡の世界史」シリーズ第18巻『大日本・満州国の遺産』で、詳しく論じてくれることを期待。果たして予定どおり刊行されるだろうか? わくわく、ハラハラ。
出版されたばかりの本書を見たときは、迷った末に手を出さなかった。姜尚中氏の本は、だいたい読んでいる。特に対談ものは逃さないことにしている(このひとは、世代や立場の全く異なる人と対話するのがうまくて、意外と座談の名手だと思う)のだが、一方の中島岳志氏を、なんとなく胡散臭く感じていたのだ。なにせ、安倍前首相お気に入りのパール判事について書いた本が評判だったので、てっきり、コイツは「右翼」か、と思っていた。しかし、4月に『思想地図』Vol.1(NHKブックス)で、はじめて中島氏の実際の発言を読んで、私の思い込みが全くお門違いだったことを知った。
ところで、姜尚中氏は一般には「左翼」と認識されていると思うが、注意深く発言を聞いていると「草の根保守」復権の必要性をたびたび主張されている。どうも、このひとは、社会党的「左翼」体質とは根本的に違う、と最近、感じるようになってきた。
本書は、そんな2人が熊本(姜尚中氏の故郷)と東京を舞台に、近代「国家」日本の生成過程について語り下ろしたもので、左翼/右翼という、手垢のついた二分法を無効にする、スリリングな刺激に満ちている。
本書には、左翼/右翼の枠を超えて、さまざまな個人・団体が登場する。著者たちが探し続けるのは、マーケットの論理を至上とするネオりべ的国家に対して、抵抗と連帯の世界観を示した人々である。「本来これは、左右で分けられないエートスなんですよ」と中島氏は言う。たとえば、戦前の玄洋社。宮崎滔天、内田良平などのアジア主義の流れ。鶴見俊輔が信頼をおいていた右翼の大物・葦津珍彦。権藤成卿や橘孝三郎の農本主義と毛沢東思想の親近性。熊本における谷川雁や水俣、炭鉱の運動。森崎和江。大政翼賛会に抵抗した鳩山一郎、吉田茂、それに中野正剛や笹川良一など。
「日本における右翼の源流は、まさに自由民権運動から生まれた」という中島氏の発言、私は、同じことを坂野潤治先生の本で教えられた。十分に咀嚼できないまま、ずっと胸中に引っかかっているテーマである。だが、このことをきちんと説明できる理論でなければ、日本の近代史は正しく理解できないのではないか、と思っている。
本書は、対談という形式の制約上、十分に整理されていない恨みはあるが、重要な思考の手がかりが、そこらじゅうに惜しげもなく曝されている。今後、2人の著者が、あるいは本書に刺激された誰かが、個々のケースをより深く追究した著作を書いてくれることを期待したい。
とりあえずは、姜尚中氏の発言に頻出する岸信介。岸の世代に、ロシア革命と社会主義(ここでは、主知的に国家を設計する思想をいう)が与えたインパクトって大きいのだなあ。姜氏の執筆が予定されている講談社「興亡の世界史」シリーズ第18巻『大日本・満州国の遺産』で、詳しく論じてくれることを期待。果たして予定どおり刊行されるだろうか? わくわく、ハラハラ。