見もの・読みもの日記

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「まじめ」から「横着者」へ/悩む力(姜尚中)

2008-09-01 23:03:58 | 読んだもの(書籍)
○姜尚中『悩む力』(集英社新書) 集英社 2008.8

 姜尚中氏の著書は、10年ほど前、『オリエンタリズムの彼方へ』(岩波書店、1996)を読んだのが最初だった。正直言って、難しかった。公開講座などで、何度かご本人の平明な語り口に接していたので、もっと易しい本を書いてくれればいいのになあ、と思っていた。それが2000年に入る頃から、自伝や対談、新書などを矢継ぎ早に刊行し、あれよあれよという間に、文筆家としても売れっ子になってしまった。こうなると、ファン心理というのは妙なもので、新しい本が出るたび、ああ~今度の本は失敗しなければいいけれど…と、ハラハラしながら見守っている。幸い、本書も売れ行きは好調のようだ。

 近代の始まり以来、私たちを悩ませ続ける9つのテーマ「自我」「金」「宗教」「恋愛・夫婦」「老後」などを取り上げ、著者が長年親しんできた夏目漱石とマックス・ウェーバーという2人の先達に学びながら考える。明治の文豪とドイツの社会学者というのは、奇異な取り合わせに感じられるが、漱石が1867年生まれ、ウェーバーが1864年生まれの同時代人であり、日本もドイツも、遅れて近代化のスタートを切ったため、先行する列強諸国に追いつき追い越さなければならず、両国の知識人は「近代」の諸問題と切実に向き合わざるを得なかった。そう聞くと、なるほどとうなずける。

 いわゆる「生き方」本の範疇に入るのだろうが、押し付けがましい教訓や解決法が示されていないところがいい。印象に残ったのは、「愛とは、そのときどきの相互の問いかけに応えていこうとする意欲」のことだという一節。そう考えると、漱石の描いた、一見救いようのない夫婦関係にも、埋み火のような愛情が残っていることが分かる。

 あと「老後」を語って「横着者でいこう」という宣言には微笑んでしまった。最初から横着者ではいけない。『心』の「先生」は「私」に向かって「あなたは本当に真面目なんですか」と問いかける。若いうちは真面目に悩んでこそ、老いて「横着者」の境地を手に入れる。うん、そろそろ私も横着者になってもいいかな、と思う次第。

 ちなみに、ポピュラー・ジャーナリズムにおける姜尚中氏の「活躍」を評した文章では、松岡正剛氏の『千夜千冊』(2004/03/29)が、やっぱり秀逸だと思う。何度読み返してもいい。
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