○静嘉堂文庫美術館 講演会『静嘉堂コレクションとの出会い』(講師:湊信幸氏)(2012年6月3日、13:30~)
『東洋絵画の精華』展の第2部『至高の中国絵画コレクション』(2012年5月23日~6月24日)にあわせたイベントである。東京国立博物館の副館長も務められた(平成21年まで)湊信幸氏のお名前は、展示図録でしばしば目にしてきたが、講演を聞くのは今回が初めて。冒頭10分くらい遅刻してしまった。ごめんなさい。
静嘉堂中国絵画コレクションの中核部分は、岩彌之助(1851-1908)が明治20~30年代に蒐集したものであり、その代表的な作品は、明治末年から大正12年にかけて雑誌「国華」で集中的に紹介され、さらに大正10年(1921)刊『静嘉堂鑑賞』にまとめられて、広く世界に知られるようになった。
今日でも静嘉堂の中国絵画を代表する宋元画の名品、牧谿『羅漢図』、伝・馬遠『風雨山水図』、孫君沢『楼閣山水図』などは、彌之助の蒐集による。一方、明治29年(1896)には、九州大分の千早家から明清画23点も購入している。これは彌之助の煎茶趣味と関係があるのではないか、という。どうやら茶の湯→宋元画、煎茶趣味→明清画と結びつくらしい、素人理解では。
講師は、昭和61年(1985)夏、静嘉堂の中国絵画調査に携わった。この頃、中国絵画の見方には、ひとつの変化が起きていた。カリフォルニア大学バークレー校教授(当時)ジェームス・ケーヒル著『Fantastics and Eccentrics in Chinese Painting(中国絵画における奇想と幻想)』(1967年)が刊行され、1975年の『国華』にその邦訳が掲載された。八大山人と石涛、安徽派、揚州派なども取り上げられている。1977年には台湾故宮博物院で「晩明変形主義画家作品展」という展覧会が開かれた。
そうだったのかー! このとき、私の頭に浮かんでいたのは、辻惟雄先生の『奇想の系譜』(1970年刊)である。日本美術の「正統」に対して、一種の異端である奇想や幻想を再評価した同書は、突然現れた異端児ではなく、背後に世界的な美術史の転換があったんだな、ということを初めて認識した。と思ったら、講師も、ちゃんと『奇想の系譜』のPPTを用意してきていて、辻君の本はもっと早く出来ていたが、まず正統の絵画史を出さないと(異端や奇想について)語ってはいけない雰囲気があった、みたいな裏エピソード(誰かの回想?)を紹介してくれた。
そうした美術史の転換を踏まえ、大正10年の『静嘉堂鑑賞』掲載作品を再評価し、その後の蒐集作品を紹介するため、1986年10~11月には、文庫の隣りの展示館で『中国の名画展』が開催され(※美術館は1992年開館)、図録『中国絵画』が刊行された。
1986年の展覧会で初公開されたものには、南宋の『羅漢図』(戸田禎佑先生ご推奨)などがある。以下、印象に残った作品と紹介コメントは、元の『栗鼠図』(かわいー。今回の展覧会には出ていなくて残念)、明・陳瑛『観音図』(デフォルメが面白い)、明・張爾葆(ちょうじほう)『山水図』(董其昌と並び称されるが、董其昌ほど屈折がない)、張翬(ちょうき)『山水図』(ものすごく縦長。明代の二大流派とされる浙派と呉派を融合したような画風。両者の対立が鮮明になるのは16世紀以後で、15世紀には共通する部分もあるのではないか?)。
最後に、静嘉堂中国絵画コレクションの概観まとめ。これは分かりやすかったので、後学のため、配付資料からそのままの引用をご容赦。(※)内はお話から付記。
一、南宋画院系の宋元画(※茶の湯)
二、禅林周辺の宋元画(※茶の湯)
三、寧波を中心とする宋元と明の浙江仏画
四、明の画院画家と浙派の作品
五、明中期の蘇州の文人と職業画家たち(※以下、煎茶趣味)
六、明末の文人-董其昌の時代とそれ以降-
七、明末の福建の画家(1)-王健章と張瑞図-
八、明末の福建の画家(2)-黄檗僧の周辺
九、藍瑛と銭塘(杭州)の画家たち
十、清の来舶画人
「福建の画家が目立つ」というコメントもあったように思う。福建、行ってみたい~。展覧会のレポートは別稿。
『東洋絵画の精華』展の第2部『至高の中国絵画コレクション』(2012年5月23日~6月24日)にあわせたイベントである。東京国立博物館の副館長も務められた(平成21年まで)湊信幸氏のお名前は、展示図録でしばしば目にしてきたが、講演を聞くのは今回が初めて。冒頭10分くらい遅刻してしまった。ごめんなさい。
静嘉堂中国絵画コレクションの中核部分は、岩彌之助(1851-1908)が明治20~30年代に蒐集したものであり、その代表的な作品は、明治末年から大正12年にかけて雑誌「国華」で集中的に紹介され、さらに大正10年(1921)刊『静嘉堂鑑賞』にまとめられて、広く世界に知られるようになった。
今日でも静嘉堂の中国絵画を代表する宋元画の名品、牧谿『羅漢図』、伝・馬遠『風雨山水図』、孫君沢『楼閣山水図』などは、彌之助の蒐集による。一方、明治29年(1896)には、九州大分の千早家から明清画23点も購入している。これは彌之助の煎茶趣味と関係があるのではないか、という。どうやら茶の湯→宋元画、煎茶趣味→明清画と結びつくらしい、素人理解では。
講師は、昭和61年(1985)夏、静嘉堂の中国絵画調査に携わった。この頃、中国絵画の見方には、ひとつの変化が起きていた。カリフォルニア大学バークレー校教授(当時)ジェームス・ケーヒル著『Fantastics and Eccentrics in Chinese Painting(中国絵画における奇想と幻想)』(1967年)が刊行され、1975年の『国華』にその邦訳が掲載された。八大山人と石涛、安徽派、揚州派なども取り上げられている。1977年には台湾故宮博物院で「晩明変形主義画家作品展」という展覧会が開かれた。
そうだったのかー! このとき、私の頭に浮かんでいたのは、辻惟雄先生の『奇想の系譜』(1970年刊)である。日本美術の「正統」に対して、一種の異端である奇想や幻想を再評価した同書は、突然現れた異端児ではなく、背後に世界的な美術史の転換があったんだな、ということを初めて認識した。と思ったら、講師も、ちゃんと『奇想の系譜』のPPTを用意してきていて、辻君の本はもっと早く出来ていたが、まず正統の絵画史を出さないと(異端や奇想について)語ってはいけない雰囲気があった、みたいな裏エピソード(誰かの回想?)を紹介してくれた。
そうした美術史の転換を踏まえ、大正10年の『静嘉堂鑑賞』掲載作品を再評価し、その後の蒐集作品を紹介するため、1986年10~11月には、文庫の隣りの展示館で『中国の名画展』が開催され(※美術館は1992年開館)、図録『中国絵画』が刊行された。
1986年の展覧会で初公開されたものには、南宋の『羅漢図』(戸田禎佑先生ご推奨)などがある。以下、印象に残った作品と紹介コメントは、元の『栗鼠図』(かわいー。今回の展覧会には出ていなくて残念)、明・陳瑛『観音図』(デフォルメが面白い)、明・張爾葆(ちょうじほう)『山水図』(董其昌と並び称されるが、董其昌ほど屈折がない)、張翬(ちょうき)『山水図』(ものすごく縦長。明代の二大流派とされる浙派と呉派を融合したような画風。両者の対立が鮮明になるのは16世紀以後で、15世紀には共通する部分もあるのではないか?)。
最後に、静嘉堂中国絵画コレクションの概観まとめ。これは分かりやすかったので、後学のため、配付資料からそのままの引用をご容赦。(※)内はお話から付記。
一、南宋画院系の宋元画(※茶の湯)
二、禅林周辺の宋元画(※茶の湯)
三、寧波を中心とする宋元と明の浙江仏画
四、明の画院画家と浙派の作品
五、明中期の蘇州の文人と職業画家たち(※以下、煎茶趣味)
六、明末の文人-董其昌の時代とそれ以降-
七、明末の福建の画家(1)-王健章と張瑞図-
八、明末の福建の画家(2)-黄檗僧の周辺
九、藍瑛と銭塘(杭州)の画家たち
十、清の来舶画人
「福建の画家が目立つ」というコメントもあったように思う。福建、行ってみたい~。展覧会のレポートは別稿。