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見もの・読みもの日記

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変化する都のかたち/京都〈千年の都〉の歴史(高橋昌明)

2014-10-29 23:00:14 | 読んだもの(書籍)
○高橋昌明『京都〈千年の都〉の歴史』(岩波新書) 岩波書店 2014.9

 目次を見たら「平安京の誕生」から「江戸時代の京都」まで、ほぼ千年の歴史を新書1冊で語ろうとしているので唖然とした。そんなことができるのか?と怪しみながら、おそるおそる読み始めた。京都の地理に明るい高橋先生らしく、本書の視点は、時には空に駆け上って、大づかみに市街地のかたちを把握し、時には地を這って、汚泥や屎尿の臭いをまざまざと嗅ぐ。その緩急が面白かった。

 以下は「京都のかたち」の変遷を中心にまとめているが、このほかにも、宅地(町)の変遷や、飲料水の確保、糞尿の始末、葬送、宗教者、手工業者、エタ・など、個別事項について、興味深い話が多数取り上げられている。

 平安京は、左京(東側=洛陽城)のみ栄え、右京(西側=長安城)は早くに廃れてしまったというのは有名な話だが、厳密にいうと、平安京は未完のまま造営が中断した都である。「左京の東南部、右京の北西端・南西端」は全く市街地化されなかった。右京のほぼ西半分は一部に条坊が設定されただけで、その他はそれすらなかったらしい。ううむ、日本史の資料集やムック本で見る、仮想的な平安京復元図って、かなり罪作りだな。

 中世の「京都」は、平安京の外側へ、いびつな、しかし旺盛な発展を遂げる。白河の六勝寺。洛南の鳥羽殿。摂関家の宇治。平家の六波羅殿。後白河法皇の法住寺殿。これら周縁部に集まった冨と権力と栄華、そして内裏の荒廃を地図上にプロットして思い浮かべると感慨深い。すでに条坊制に基づく都城プランなんて、影も形もないではないか。なお、余談だが、高橋昌明先生は、NHK大河ドラマ『平清盛』の「時代考証その1」の人。本書に頻出する「王家」の使い方を噛みしめてみると、ほかに置き換えようのない用語だということも感じた。

 南北朝から室町時代にかけての京都について、私ははっきりイメージしたことがなかったが、内裏の北に相国寺の広大な寺域があり、相国寺惣門の左(東)に七重大塔(高さ108メートル。法勝寺の九重塔や東大寺の七重塔を上回る空前の大塔)、右(西)に室町殿が置かれた。天皇家の首ねっこを抑えるような配置である。

 驚いたのは、16世紀戦国期の京都。応仁の乱以後、大火と疫病で人口が激減し(3万人程度まで)、市街地と呼べるのは、内裏の北・相国寺の西の「上京」と、いまの三条~五条の間の「下京」しかなくなってしまう。両者の間には広大な空地が横たわり、わずかに室町通がその間をつないでいた。これ、今度、機会があったら歩いてみよう。しかし、果たして往時の風景を想像できるだろうか。治安の悪化は、自警・自衛のための「構(かまえ)」をもたらし、集落は土塀や堀で固く防御された。そうかー築地の崩れから出入りするなんて平和な風景は平安時代だけなんだな。

 織田信長、次いで豊臣秀吉は、京都の大改造を行う。特に秀吉は、平安京の大内裏跡(内野)に聚楽第を造営し、京都を全国政権の中枢にふさわしい都市に造り替えた。聚楽第の周囲には武家町をつくり、東洞院土御門内裏のまわりに公家町を再編し、寺町・寺之内の設定など、次々に新しいアイディアを形にしていく。その結果、人口は急増し(17世紀には20万人)、上京と下京はひとつの市街地に戻った。こういう歴史を知ると、今の大都市だって、いつ荒地になるか分からないし、過疎化・衰退の進む地方も、何かきっかけさえあれば、状況は反転するのではないかと思う。

 晩年、秀吉は聚楽第を破却し、伏見に移り、さらに大坂に移ってしまう。秀吉と聞いて、まず京都を思い浮かべる人は少ないのではないか。しかし、彼の御霊は、大阪でもなく名古屋でもなく、京都東山の豊国神社に眠っているのだ。

 本書の記述は、徳川政権期を経て、わずかに近代に及ぶ。京都が第二次世界大戦の被害を免れることができたのは、「アメリカが文化財を護ろうとしたため」というのは、根拠のない推測に過ぎず、近年の研究では、原爆投下の第一目標にされていたことが明らかになっている。原爆の威力を正確に測定するため、通常の空爆を控えたのだという。さきの戦争で、私たち日本人はたくさんのものを失った、というのは、本書の次に感想を書こうとしている内田樹さんの『街場の戦争論』の論点だが、とりあえず京都が失われなくてよかった。もし京都が失われていたら、私の人生が、どれだけ無味乾燥なものであったか、仮(かりそめ)にも想像したくない。
コメント (2)
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