〇『如懿伝』全87集(新麗伝媒、2018)
2018年に同じ乾隆帝の後宮を題材にした『延禧攻略』と『如懿伝』が公開されたときは、私はどちらかといえば、こっちに興味があった。主人公の如懿を演じるのが周迅と聞いたからである。周迅、もう40代になるというが、私が中国ドラマにハマった最初期の作品、2003年版『射鵰英雄伝』のヒロイン蓉児を演じていて好きだったのだ。
食わず嫌いだった後宮もの『延禧攻略』が意外と楽しめたので、本作にもチャレンジしてみることにした。偶然ではあるが、両作品をこの順番で見たのは正解だったと思う。如懿と皇子弘暦(のちの乾隆帝)は幼なじみの相思相愛だったが、若い皇子は自分の意志で正室を選ぶことができず、如懿を福晋(側室)として迎え入れる。如懿は身分を気にせず、二人で支え合って生きることを願う。しかし弘暦の即位により、皇帝の寵愛をめぐる后妃たちの陰謀・暗闘に巻き込まれていく。
以下、どうしても『延禧』との比較になってしまうが、本作の前半、后妃たちの争いは『延禧』のテイストに近い。ただ、瓔珞が直感と感情で動き、やられたらやり返すのを信条としているのに対して、如懿は沈着冷静。正邪のけじめは付けなければならないと感じているが、復讐で留飲を下げようとは思っていない。幼なじみの皇帝を信じているせいか、后妃たちの争いに対してどこか冷めている。
史実の乾隆帝には三人の皇后がいた。最初の皇后は乾隆13年に死去。乾隆14年に皇后に立てられ、乾隆30年の皇帝南巡に同行した際、突然「失寵」した二番目の皇后(継皇后)が、このドラマの主人公の如懿である。その後、皇后は立てられなかったが、嘉慶帝の母となった炩妃(延禧攻略では令妃、瓔珞)が死後に皇后を追贈された。
『延禧攻略』は三番目の令妃が主人公なので、当然、継皇后は悪役だった。本作では炩妃(衛嬿婉)が手段を選ばない野心家の毒婦として描かれる。しかし、本作の終盤がつらいのは、炩妃の奸計とは別に、皇帝自身の如懿に対する愛情と信頼が揺らいでいくことだ。
あるときは異民族の美女・寒香見(容妃、伝説のホージャ妃がモデル)に一目惚れして、彼女の心を得る方法を考えてくれと皇后の如懿に求める。杭州では青楼の遊女たちと乱痴気騒ぎをしているところを如懿に見つかり、厳しく叱責されて逆ギレする(これはちょっと皇帝も可哀想)。また忠義者の御前侍衛・凌雲徹と如懿の私通を疑い、凌雲徹を宦官にして辱める。そして夭折した五皇子永琪が養母の如懿を恨んでいたという嘘の証言に唆され、如懿から皇后の印璽を取り上げる。
最後に炩妃の悪行が全て明らかとなり、皇帝は皇后の印璽を戻そうとするが如懿は受け取らない。秋の恒例行事である狩猟に旅立つ前、皇帝は如懿のもとを訪ねて、ぎこちなく短い会話を交わす。力のない微笑で見送った如懿は、すでに重い病に犯されており、侍女の容珮だけに見守られて、往時を振り返りながら静かに世を去る。
皇帝は如懿の葬儀を、皇后ではなく「烏拉那拉氏」として行うことを命ずる。史実でも継皇后には皇后としての諡号も贈られていない。そのため一般に、継皇后は何か大きな罪を犯して皇帝の怒りを買ったものと考えられている。しかし本作では、非人間的な後宮に閉じ込められ、醜い争いで数々の命が奪われるのを見てきた如懿の最期の願い「自由になりたい」を聞き届けた皇帝の決断と解釈する。如懿と皇帝以外、誰もその本当の意味は理解しないだろうけれど。ダメ男丸出しだった本作の皇帝を、最後にちょっと見直した。全編のラストが、白髪の老人となった太上皇が如懿の形見の断髪を愛おしみながら瞑目するシーンなのもよかった。本作は、登場人物の心情をあまり科白で説明せず、見る者の想像に任せる演出が多かったように思う。
欠点も多いが憎み切れない皇帝を演じたのは霍建華(ウォレス・フォ)。如懿役の周迅は、ハスキーな低い声がキャラクターによく合っていた。二人とも、序盤の少年少女時代を演ずるにはちょっと無理のある年齢だが、本作の見どころである大人の男女の機微を演ずるには適した配役だったと思う。炩妃(衛嬿婉)は李純。全く同情の湧かない悪女役をご苦労様でした。継皇后の没後は、やっぱり皇帝の寵愛は炩妃に移るのか?と思っていたら、違う展開でほっとした。凌雲徹(経超)、李玉(黄宥明)、進忠公公(蒋雪鳴)、永琪(屈楚蕭)もいい俳優さんだったので覚えておくため、ここにメモ。