見もの・読みもの日記

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中国時代劇の虚と実/戦乱中国の英雄たち

2021-05-21 12:17:41 | 読んだもの(書籍)

〇佐藤信弥『戦乱中国の英雄たち:三国志、「キングダム」、宮廷美女の中国時代劇』(中公新書ラクレ) 中央公論新社 2021.5

 まさかこんな本が出るとは思わなかったので、驚きながら喜んでいる。韓ドラや日本の大河ドラマを題材にした新書は見たことがあるが、マイナージャンルだと思っていた中国時代劇も、今やそれらに次ぐファン層を獲得しているということだろうか。

 本書は近年の話題作を具体的に取り上げながら、中国時代劇の楽しみ方、読み解き方を論じている。第1章は「三国志」で、1994-95年放映の『三国演義』(※以下、全て原題とする)、2010年の『三国 Three Kingdoms』に続き、詳しく紹介されているのは2017-18年の『軍師聯盟』と2018年の『三国機密』。私は前二者を見ていないので、2010年の『三国』が、登場人物の政治性を際立たせ、謀略や駆け引きの応酬に重点を置く(やや露悪的なアレンジや創作が加えられている)作品だと知って、興味深く思った。そうすると、同じ虚構でも、頑固な理想主義者の劉平を主人公とした『三国機密』が、『三国』のアンチテーゼになっているという論評は分かる。

 第2章は人気コミック『キングダム』と同じ春秋・戦国時代を舞台とした作品。私はこのカテゴリーは全然見ていない。唯一の例外は2013年の『趙氏孤児案』で「中国人は現実主義者で理想主義など鼻に掛けない(※これは「洟も引っ掛けない」だな)というイメージがあるが、実のところ中国人も理想主義の効用をちゃんと理解しているのではないか」というのは同感である。

 第3章「タイムスリップ物」も見ていないものが多いなあ。2020年の話題作『伝聞中的陳芊芊』は、ジェンダー物としての要素も濃厚で「世界は我々の行動で変えられる」というメッセージが込められているというのは気になるが…ラブ史劇は苦手なのだ。

 第4章は時代劇における「異民族」の扱い。21世紀に入った頃から少数民族の描写に対する見直し(一種のポリティカル・コレクトネス)の動きがあり、たとえば金庸『神雕侠侶』の悪役ラマ僧「金輪法王」は、読者の指摘を受けた作者自身によって「金輪国師」に改められた。あまり変わらないようだが、特定の宗教を連想させる「法王」よりはニュートラルな表現であるとのこと。また、帰属をめぐって韓国、北朝鮮と論争がある高句麗や渤海には、なるべく触れないことになっているという。民族対立における愛国の英雄・岳飛の物語が、近年敬遠されているというのは、ちょっと信じられないけどおもしろい。

 2019年の『大宋少年志』(未見)には「たとえ宋人の血を受け継いでいなくても、宋で生まれ育ったからには宋人である」というセリフがあるそうだ。著者がこれを『天龍八部』の蕭峰が聞きたかった言葉ではないか、と書いてくれたことには感謝。2003年版『天龍八部』で、宋人として育てられた蕭峰(胡軍)が自分の出自を知り「我是契丹人」と苦悩する場面は、今も忘れられないのである。

 第5章はジェンダーと宮廷物。該当作品が多いので難しいとは思うが、『瓔珞』だけでなく『如懿伝』にも触れてほしかった。『那年花開月正圓』と『成化十四年』を宦官の描き方から取り上げているのはよい視点。これらの作品に親しむと、陰険で強欲という、ステレオタイプな宦官しか登場しないドラマがひどく古臭く見えてくる。近年の中国時代劇は、女性、宦官、異民族などの描き方が多様化していて、しかも「ポリコレだから」というつくりごと感を与えない点が魅力だと思う。

 最後はいわゆる武侠物。『笑傲江湖』(未見)の正派と邪派の対立には、文革時代の政治的なレッテル貼りや政治闘争が反映されているのか。目からウロコが落ちたような指摘だった。それと『陳情令』が『笑傲江湖』のいわば本歌取りであるという説明もよく分かった。

 著者はあとがきで、近年の中国時代劇は、過去の歴史を語っているようで、「世界はこうあるべきだ」という理念を語っており、それが我々の生きる現実世界への異議申し立てになっている、と述べている。これは全く同意できるが、そもそも創作(文学、演劇)が歴史を扱うときの基本スタンスだと思う。歌舞伎や文楽の「時代物」もそうだし。中国の伝統演劇もそうではないのかな。

 最後に、中国時代劇のジャンル整理の中で「いわゆる時代劇」(日本の『水戸黄門』や『大岡越前』のような作品)が「近年は下火となっている」というのは、そのとおりだが気になった。私が中国時代劇にハマったのは、武侠物と並んで、『康熙微服私訪記』や『鉄歯銅牙紀暁嵐』などの「いわゆる時代劇」がひとつのきっかけだったので。あののんびりした朗らかさは、最近のドラマにはない魅力。またリバイバルしないかなあ。

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