見もの・読みもの日記

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グローバリゼーションの中で/モダン語の世界へ(山室信一)

2021-05-25 16:12:20 | 読んだもの(書籍)

〇山室信一『モダン語の世界へ:流行語で探る近現代』(岩波新書) 岩波書店 2021.4

 山室信一さんといえば『キメラ:満洲国の肖像』や『思想課題としてのアジア』を読んできたので、勝手に中国史とか東アジア史の人だと思っていた。奥付を見て、その山室さんの著書であることを確かめたものの、落ち着かない気持ちで読み始めた。

 本書は、おおよそ1910年から1939年までの30年間に造られ、使われた「モダン語」の世界を探訪し、モダン(近代あるいは現代)の意味を考える。1910~30年代は第一次グローバリゼーションとも呼ぶべき時代で、情報・モノ・ヒト・カネが国境を越えて交わり、地球全体が相互に影響し合いながら、ライフ・スタイルや価値観の転換に向けて始動していた。日本国内でも、電話・ラジオ・映画などのニュー・メディアが普及し、ニュー・ジャーナリズムに乗った新製品や流行の情報が駆けめぐった。モダン語とは、世界的な文化の激動に対応しながら日常生活を送っていく上で必要な言葉で、多くは外来語またはカタカナ借用語を日本語と組み合わせた新造語だが、そればかりではない。とにかく「新しい何ものか」を追い求めて止むことのない生き方を促す言葉だった。

 本書は「社会階層・職業・生活」「食文化」「女性」「エロとグロ」「グローバルとローカル」など、いくつかの視点から、具体的なモダン語の事例を紹介する。よく知っているもの(高等遊民、モガ・モボ、ハイカラ)もあれば、初めて聞くものもある。何でも「~る」をつけて動詞化してしまうのは今と同じで、「デパる(デパートに行く)」「コスメる(美しく着飾る=特に男性)」「アサクサる(学校を抜け出し浅草で遊びまわる)」など、よく分かるし笑えた。「どうもありがとう」を略して「どうまり」なんて「あけおめ」の感覚と同じ。

 「スーパーマン」や「ウルトラマン」が、理想的な人間を示す語として1910年代から流布しており、ウルトラの訳語「超」はモダン語の展開に不可欠のキーワードだったというのは、初めて知った。このほか「ア・ラ・モード(当世風の)」「シック」「色情狂」「猟奇」「キセル(途中区間のただ乗り)」などがモダン語に挙げられているのも、やや意外だった。

 食文化の章は、ことばの問題よりも、食文化そのものの記述が興味深かった。日本で、ちゃぶ台や銘々膳に先行して18世紀頃から箱膳が普及したのは、家族の間でも食器と箸は共用しないという食習慣に適したからだという。なるほど。中国にこの習慣はなさそうだな。朝鮮は一人用の膳を使うけれど食器はどうなんだろう。「ちゃぶ」は中国語の卓袱の転だというが、広東語のチャプスイ(雜碎ないし雑炊)、英語のチョップ・ハウス(chop-house)との関係も考察されている。ラーメンの語源は、北大の前にあった竹屋食堂で肉絲麺を提供するのに「好了(ハオラー)」と知らせたからという説がある。羊の焼肉をジンギスカン鍋と名づけたのは、時事新報社の鷲沢与四二だったという話も載せる。ただ、こういう食文化の起源説話は、眉唾しながら楽しむのがよいだろう。

 モダン語について、欧米、特にアメリカ文化の影響が大きいことは言うまでもないが、アジア・アフリカとの関係に目配りしているのは本書の特色だと思う。この時代、中華料理とともに支那趣味が流行し、谷崎潤一郎、芥川龍之介、佐藤春夫らがこれを唱導した。絵画でも、確かに支那服の女性を描いた作品が多い。「工作」(裏面工作など)「合作」「要人」「改編」「改組」などは、この時期に中国から入って来た言葉だそうだ。逆に「モダン・ガール」という言葉は、その典型とされたナオミ(谷崎『痴人の愛』)から生まれた和製英語Naomismとともに、朝鮮・台湾・中国などに紹介されていった。女性の権利拡張と新しい生活様式の獲得に十分なページを割いているのも本書の読みどころである。

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