〇雑誌『芸術新潮』2021年5月号「特集・キャバレー王は戦後最高のコレクター『福富太郎』伝説」 新潮社 2021.5
東京都の緊急事態宣言は5月31日で解除になるのか、それとも延長か。私が気になっているのは、美術館・博物館の対応、とりわけ東京ステーションギャラリーの『コレクター福富太郎の眼 昭和のキャバレー王が愛した絵画』(当初予定:2021年4月24日~6月27日)の再開可否である。
もともと気になっていた展覧会だが、この特集を読んで、絶対見逃せないという強い気持ちが固まった。量や質がすごいというより、コレクターの個性と結びついた奥深いコレクションである。本誌では、まず福富太郎さん(1931-2018)の一代記(イラスト・伊野孝行)が楽しい。昭和6年、東京都荏原郡に生まれ、家にあった絵を見た記憶は3歳にさかのぼり、小学校入学前後には新橋駅のホームから東京のキャバレーの元祖というべきカフェー「新橋處女林」の建物を目撃したとか、太平洋戦争開戦を迎えて夢は少年飛行兵だったとか、よくできた小説の主人公のようにエピソード豊富。戦後、府立園芸学校を中退し、ボーイという名の雑用係として奮闘、26歳で独立、29歳で「新橋ハリウッド」を開業し、どんどん事業を拡張して「キャバレー王」への道を歩む。
1970年代には身の上相談などテレビ番組でも活躍。私は中学生だったが、福富太郎という名前の福々しい丸顔のおじさんがテレビに出ていたのは覚えている。あと、キャバレー「ハリウッド」のオリジナルキャラ、ミニスカートで体育座りみたいなポーズが色っぽい「踊り子ちゃん」も懐かしい。どうして懐かしいのか謎だったが、本誌「ハリウッドへようこそ!」の記事を読んで思い出した。私の生まれ育った江戸川区小岩には「小岩ハリウッド」があったのだ。実地に見聞したことはないけれど、ここに語られている日本独特のキャバレー文化って実に面白いなあ。
さて絵画の話だが、福富コレクションには美人画が多い。それもちょっと影のある妖しく哀しい女性が主役。ということで山下裕二先生チョイスの日本画5点、鏑木清方『妖魚』、同『薄雪』(冥途の飛脚)、渡辺省亭『塩治高貞妻浴後図』、小村雪岱『河庄』(心中天網島)、北野恒富『道行』(心中天網島)は、どれも傑作。『妖魚』は、別の作品と「取替えっこ」の結果、手に入ったものだとか、『薄雪』は自分が死んだら一緒に焼いてほしいと願っていたが、かさばって棺桶に入らなかったという秘話(?)も語られている。浄瑠璃の世界を描いたものが多いのも嬉しい。山下先生は福富さんを評して、画壇や美術史の価値観に惑わされず、本当に自分の眼を頼りに蒐集する人だった、と賛辞を贈る。
ただし前橋重二氏の「見た、買った、調べた!福富流コレクター流」を読むと、福富さんが自分の感覚を盲信するタイプではなく、猛烈な読書家・勉強家で、知的な推理を楽しんでいたことが分かる。まあそうでなければ実業家として成功しないだろう。旧・福富コレクションの河鍋暁斎『幽霊図』は、行灯の後ろに立つ痩せさらばえた女性の幽霊で、光と闇の交錯が、生々しくも美しくて私の好きなもの。岡田三郎助『あやめの衣』(現・ポーラ美術館所蔵)は切手にもなった有名作品だが、これも福富コレクションだったのだな。島成園『おんな』、鳥居言人『お夏狂乱』(少女マンガみたいな美人だなあ)は本誌で初めて知った。ぜひ本物を見たい。
美人画以外にも驚くような作品が多数あって、川村清雄『蛟龍天に昇る』も向井潤吉『影(蘇州上空にて)』もいいなあ。福富さんの集めた戦争画のほとんどは東京都現代美術館に寄贈されているという。日清・日露戦争から太平洋戦争、そして終戦後の混乱までをカバーしており、上野の地下道で眠る浮浪児や、女性と戯れる米兵を遠目に眺めるぼろぼろの服の少年たちの姿もある。暗い色調の満谷国四郎『軍人の妻』は、福富さんがこだわった「女性」と「戦争」がリンクした作品。夫の遺品を抱く喪服の女性の両目にかすかな涙が溜まっている。
東京ステーションギャラリーの展覧会、たとえ1週間でも再開したら、万難を排して見に行くつもりだが、もし駄目だったら、巡回先の新潟か大阪まで追いかけて行こうと思っている。
第二特集(art news exhibition)は、多摩美術大学アートテーク・ギャラリーで開催された『我楽他宗-民藝とモダンデザイナーの集まり』(2021年2月25日~3月6日)を紹介する。この展覧会は見ていないが、ガラクタ蒐集を旨とする「我楽他宗」を実践した趣味人・三田平凡寺については『荒俣宏の大大マンガラクタ展』でも取り上げられていたので、興味をもって読んだ。びっくりしたのは夏目房之介さんの「吾輩ハ三田平凡寺ノ孫デモアル」。え!そうなの!? 房之介さんの雑学的好奇心はこっちのお祖父さんから来ているのかも。