見もの・読みもの日記

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「中世史学」史を考える/武力による政治の誕生(本郷和人)

2012-12-16 01:08:30 | 読んだもの(書籍)
○本郷和人『武力による政治の誕生』(講談社選書メチエ;選書 日本中世史1) 講談社 2010.5

 本郷和人先生の著書を取り上げるのは、ちょうど去年の今頃、まだ大河ドラマ『平清盛』が始まる前に読んだ『謎とき平清盛』(文春新書、2011.11)以来である。あれから1年、まさかドラマの展開を追いながら、著者のつぶやき(twitter)を日常的に読みにいくことになろうとは思っていなかったが、ドラマの時代考証にとどまらず、ときどき面白い発言をされていたので、2冊目にトライ。

 本書は、日本史における中世とは何か、という大問題に著者なりの「史像」を示した労作。全5章+終章から成る。正直にいうと第4章までは、すごく面白かった。はじめに、鎌倉幕府成立後の、朝廷と幕府(武家政権)の力関係を、文書の授受ルートなど史料に基づいて再考する。そして、現状ではもっとも定説に近い(と著者が書いている)「権門体制論」、つまり公家、武家、寺社家などの権門から成り立つ支配者層の最上位に天皇(朝廷)が立つという認識を批判する。

 はじめに「文」があり、それを否定する「武」が現れ、実力を蓄えた「武」は「文」を従属させていく。天皇(朝廷)の下位に武士が位置するかたちは、名目に過ぎない。鎌倉中期には、武士の助力なしに朝廷は機能しなくなる。やがて「武」は「文」を学び、成長していく。ふむふむ、このへんまでは『男衾三郎絵詞』などに描かれた「武」の恐るべき暴力性とか、一見ニセモノかと思われる稚拙な文書が、まだ有能な文吏が不在だった頼朝周辺で作成されていたことなど、興味深かった。具体的な文書も図版でたくさん引用されており、深く中世の空気を吸うことができた。

 ところが、第5章からは、中世史というより、近現代の「中世史学」史の話になる。冒頭に取り上げられるのは、井上章一氏の『日本に古代はあったのか』(角川選書、2008)。ユーラシア大陸が中世に入っているのに、なぜ日本は11世紀まで延々と古代が続くと考えるのか、という設問に対し、著者は、日本史に無理やり「古代史」を作ったのは「東大で学んだ東国人」歴史学者たちで、好きで好きでしかたない武士の中世を美化するために、否定すべき古代を設定したのだ、と考える。えええ~。

 さらに戦前の皇国史観が、本来、両立しない「尚武」と「天皇賛美」を結びつけようとしたものであったこと、それゆえ実証的な歴史学の育つはずがなかったことを示し、加えて終章では、戦後の網野史学や、フェミニスト上野千鶴子の実証軽視にも苦言を呈している。うーん。こういう「学問」史を論ずることは嫌いではないのだけど、どっぷり中世史を学ぶぞ!と思って、本書を手に取った読者にとっては、ちょっとした「閑話」かと思っていた話題が、ずるずる最後まで続く後半は興醒めな感じがした。それぞれ、別の本でやってほしかったと思う。

 それから、著者が「武」と「文」というときの「文」が、どうにも貧弱な印象なのも気になる。「武」が「文」を従属させていく、という発言から見て、武=武力、文=文官行政くらいしか念頭に浮かんでないようだが、私は「文」は、さまざまな芸術(fine art)を含む、文化ないし文華の意味だと考えるので、いくら「武」が伸張しても、それだけでは「文」の中心点を動かせないと思うのだけど…。

 思わずにやりとしてしまったのは、武力による政治=鎌倉幕府の成立について、高橋昌明氏の「平家幕府」論に注目をうながしているところ。高橋説(清盛が摂津福原に居を構え、めったに上洛しないことで後白河法皇の権力に距離を置き、親平家の公卿に自らの利害を代弁させる方式から、頼朝は多くを学んだ/『平家の群像』岩波新書、2009)に接した著者は「視界がいっぺんに開けた気がした」と記す。本書は2010年5月刊行だから、まだ、このときは高橋昌明氏と著者が、大河ドラマの時代考証その1、その2として、名前を並べることになろうとは思っていらっしゃなかっただろうな…。今から見ると、なんだか初々しい発言でほほえましい。『平清盛』の制作発表は2010年8月だから、制作関係者は本書を読んで、オファーしたのかな、など、歴史資料を読み込み、推理するような気持ちで、楽しませてもらった。

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