1か月ばかり病院に住んでまして、最初の1週間はメシも食えないほどぐったりしていて、ただ寝るだけの生活だったんだけれど、残り3週間はそこそこ回復した状態で検査漬けの日々。それで暇したんですよ。1時間おきに1日採血してようが、24時間心電図をつけてようが、2時間おきに採尿しようが、それ以外は食って寝るだけなので、時間が余るんですよ。さすがに体力落ちていて1日10時間か12時間睡眠でしたが、まだ8時間くらいは余裕があるわけで、仕事のメールの返事とか作業の指示をしたら、ただぼおっとテレビを眺めるだけの毎日。
そこで、暇に飽かせてスマホやパソコンの画像データを整理し始めたら、出るわ出るわ、10年分くらいの写真が5~6千枚くらい。これをぼちぼち整理していると、けっこう鍋パーティーの写真が出てくるのです。ああ、これ鍋会のアルバムができるな。でも、今年は鍋会は中止にしたもんな……許すまじ新型コロナウィルス。そして、その感染が始まった時に見て見ぬ振りして警告した医師を留置してまで世界中に蔓延させた……いやいや。
ともかく、そんなわけで暇に飽かせて鍋パーティーこと鍋会の写真集「きょうの鍋界」を作り、原稿だけ作ったらなかなか出来が良かったのでついつい印刷に回してしまった結果がこの本。イベントに出すわけでもなんでもないのに、暇だと本を作っちゃうんだよね-。
始まりは1988年。
通称「鍋会」は、日本最初のネットゲームとともに生まれました。そもそも「ネットゲームとはなんぞや?」という話は省略。まあ、今でいうテーブルトークRPGのオンラインセッションを郵便を使ってアクションをかけあう遊びくらいに思ってもらえば良いです。詳しくは『メイルゲーム雑記録』に詳しいです。
そのネットゲームは1000人ほどのプレイヤーが日本全国に散らばってプレイしていたのですが、いちいち速くて往復4日はかかる郵便を使うのも話が進まないし、かといって今のような無料電話もメールもありませんし……そもそもインターネットは海外の大学や軍が試験してたような段階です。電話代で月数万円かかるなら、人間が現地に飛んで顔を合わせた方が速い!となるのに時間はかかりませんでした。
ある日のこと。大学から自宅に帰ると母親が「お友達みえてるわよ」と告げてきましたが、心あたりがありません。
部屋をおそるおそるのぞき込んでみれば、見知らぬ学生らしき数人がカードゲームに興じているではありませんか。名作タンクバトルカードゲーム「タンクハンター」でした。
彼らこそ郵便物の住所を手がかりに東京から普通電車を乗り継いで名古屋郊外の田舎町まできた、ネットゲームのプレイヤーたちだったのです。それも対立する陣営の……。
こちらも負けじと愛知・岐阜に点在するプレイヤーを召喚し、対決することとなりました。とはいえ、ゲームはゲーム、リアルはリアル。懇親会と今後の最終決戦のステージに向けたエールの交換みたいなものです。
しかし、困りました。
今でこそ飲食店はそこそこありますが、当時は田んぼのど真ん中の田舎町。晩ごはんを食べる場所がないのです。しかも。緊急召集をかけているので、最終的に何人になるか分かりません。
こうなったら、選択肢は「おうちでお鍋」しかありません。
自家用車で片道10分ほどのスーパーマーケットまで買い出しに。飲み物も含めて、5人分で買い物かご1つ分と目星をつけて、肉や野菜などを3かご分購入しました。
自宅の居間で、最終的に12人ほどが集まって、鍋や寿司の盛り合わせを食べながらの大騒ぎ。ゲームをして、ゲームの話をして、ごろごろ雑魚寝して翌日、彼らは帰っていきました。「また、会おうぜ!」といいつつ……。
再会したのは、その翌週でした。
以来、月に1回や2回は顔を会わせるようになりました。互いに東京や大阪とも行き来しつつ、噂を聞きつけた北海道、九州、四国のプレイヤーなどとも合流し、女性プレイヤーも交えながら、名古屋に集まったときは我が家で宴会……というのが、恒例となってぃったのです。
そのきっかけとなった最初のネットゲームは1年で終わりましたが、その後も毎年秋口になると「キノコの美味しい季節になりましたね」を合い言葉に、年1回か2回は集まるようになり、それが30年以上続くことになろうとは、誰も予想はしなかったのです。
そんな鍋会とか、鍋だけでは足りないと追加されたクリスマス会とか新年会で提供された料理とかの写真を中心に構成されたのが「きょうの鍋界」。1とあるけど、2を期待するならまた30年先だからね?>心当たり
【きょうの鍋界】【やなせじゃこう】【C.S.MAP】【秘密財団ODA】【注釈をつけるまでもない世の中のあれこれ事典】【リレー鍋】【きのこ鍋】【おでん】【かも鍋】【常夜鍋】【きじ鍋】【かにしゃぶ】【サムゲタン】【ローストチキン】【ローストダック】【豚の丸焼き】【つなおろしスパ】【手こね寿司】【ステーキ丼】【オリーブオイル】【生ハム枝肉】【チーズ】【ベーコン塊】【セイバーさん】
そこで、暇に飽かせてスマホやパソコンの画像データを整理し始めたら、出るわ出るわ、10年分くらいの写真が5~6千枚くらい。これをぼちぼち整理していると、けっこう鍋パーティーの写真が出てくるのです。ああ、これ鍋会のアルバムができるな。でも、今年は鍋会は中止にしたもんな……許すまじ新型コロナウィルス。そして、その感染が始まった時に見て見ぬ振りして警告した医師を留置してまで世界中に蔓延させた……いやいや。
ともかく、そんなわけで暇に飽かせて鍋パーティーこと鍋会の写真集「きょうの鍋界」を作り、原稿だけ作ったらなかなか出来が良かったのでついつい印刷に回してしまった結果がこの本。イベントに出すわけでもなんでもないのに、暇だと本を作っちゃうんだよね-。
始まりは1988年。
通称「鍋会」は、日本最初のネットゲームとともに生まれました。そもそも「ネットゲームとはなんぞや?」という話は省略。まあ、今でいうテーブルトークRPGのオンラインセッションを郵便を使ってアクションをかけあう遊びくらいに思ってもらえば良いです。詳しくは『メイルゲーム雑記録』に詳しいです。
そのネットゲームは1000人ほどのプレイヤーが日本全国に散らばってプレイしていたのですが、いちいち速くて往復4日はかかる郵便を使うのも話が進まないし、かといって今のような無料電話もメールもありませんし……そもそもインターネットは海外の大学や軍が試験してたような段階です。電話代で月数万円かかるなら、人間が現地に飛んで顔を合わせた方が速い!となるのに時間はかかりませんでした。
ある日のこと。大学から自宅に帰ると母親が「お友達みえてるわよ」と告げてきましたが、心あたりがありません。
部屋をおそるおそるのぞき込んでみれば、見知らぬ学生らしき数人がカードゲームに興じているではありませんか。名作タンクバトルカードゲーム「タンクハンター」でした。
彼らこそ郵便物の住所を手がかりに東京から普通電車を乗り継いで名古屋郊外の田舎町まできた、ネットゲームのプレイヤーたちだったのです。それも対立する陣営の……。
こちらも負けじと愛知・岐阜に点在するプレイヤーを召喚し、対決することとなりました。とはいえ、ゲームはゲーム、リアルはリアル。懇親会と今後の最終決戦のステージに向けたエールの交換みたいなものです。
しかし、困りました。
今でこそ飲食店はそこそこありますが、当時は田んぼのど真ん中の田舎町。晩ごはんを食べる場所がないのです。しかも。緊急召集をかけているので、最終的に何人になるか分かりません。
こうなったら、選択肢は「おうちでお鍋」しかありません。
自家用車で片道10分ほどのスーパーマーケットまで買い出しに。飲み物も含めて、5人分で買い物かご1つ分と目星をつけて、肉や野菜などを3かご分購入しました。
自宅の居間で、最終的に12人ほどが集まって、鍋や寿司の盛り合わせを食べながらの大騒ぎ。ゲームをして、ゲームの話をして、ごろごろ雑魚寝して翌日、彼らは帰っていきました。「また、会おうぜ!」といいつつ……。
再会したのは、その翌週でした。
以来、月に1回や2回は顔を会わせるようになりました。互いに東京や大阪とも行き来しつつ、噂を聞きつけた北海道、九州、四国のプレイヤーなどとも合流し、女性プレイヤーも交えながら、名古屋に集まったときは我が家で宴会……というのが、恒例となってぃったのです。
そのきっかけとなった最初のネットゲームは1年で終わりましたが、その後も毎年秋口になると「キノコの美味しい季節になりましたね」を合い言葉に、年1回か2回は集まるようになり、それが30年以上続くことになろうとは、誰も予想はしなかったのです。
そんな鍋会とか、鍋だけでは足りないと追加されたクリスマス会とか新年会で提供された料理とかの写真を中心に構成されたのが「きょうの鍋界」。1とあるけど、2を期待するならまた30年先だからね?>心当たり
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