森達也 2010年 創出版
「放送禁止歌」を読んでから森達也氏の書くものには興味をもって、ぽつぽつ読んでんだけど。
去年出たこれは月刊『創』の連載をまとめたものらしいが、『創』を読んだことは一度もないです、私。
タイトルのとおり、メディア時評なんだけど、以前から著者がおかしいと思ってることが、具体的にいっぱい書いてある。
私なんかも、そうだそうだって思うこと多いんで、気づいたとこに付箋貼りながら読んでったら、けっこういっぱいになっちゃった。
今のメディアというか世のなかの、なにがおかしいって思うのかってのは、語ると長くなるんだけどね。
著者が言ってんのは、ものごとというのは、それを見る視点によって、見え方が違うんだから、そのことをもっと意識しようよ、ってことになると思う。
マスメディアについては、同様に一方的なものの見方で騒ぐんぢゃなくて、よく取材して、影響力を自覚したうえで、報道なりなんなりをしようよ、って感じかな。
そのときどきの具体的な話に触れてる例としては、オウム関係者が職業安定法違反という普通ありえない容疑で逮捕されたときに、そのことの意味をきちんと押さえずに、ただ警察発表を報じてるのとかには「メディアではなくスピーカーだ」と厳しい。
また、北朝鮮拉致被害者の証言によるとされる情報は、メディアが取材したものではなく、関係者経由のもので、それを「…とわかった」っていう書き方で伝えてんのはどーなのよといった点も指摘してる。
>現象や事件は無限に多面的な構造だ。その無限の視点のうちのひとつを提供するのがメディアだ。「見抜く」とか「騙されない」とかの位相で語るのではなく、「視点を変えれば違う実相が見えてくることを絶えず意識に置きながら接する」ことが、本来のメディア・リテラシーなのだと僕は考える。(123ページ)ということで、どーしてもテーマをひとことで表す単語が欲しければ、メディア・リテラシーってことになるんだろうな。
でも、そういう簡単に要約するラベルを貼っちゃうのは、よくないんだよねー、きっと。実は、最近のメディアの傾向として、なにかと「わかりやすさ」を求めて、ものごとを単純に、ときにはどっちが善か悪かって二元論に区分けしたがるってのが問題だ、って言ってるのが本書だから。
メディアによる伝え方に疑問を持たないひとほど読んだほうがいいと思うんだけど、疑問持たない人はこういう本読もうとしないんだろうな。
たとえば、最近の報道をみると、凶悪な殺人事件が増えてると感じてるひと、実際には殺人の件数は年々減ってます。そのことはあまり報道されません。なんとなーくの感覚として治安が悪化してると思わせといたほうが、いろいろと警察行政による統制とかがやりやすいからかもしれませんよ、大丈夫ですか?
たとえば、笑うときに、顔の前に持ち上げた両手を叩くひと、それって無意識にテレビに出てきて目立とうとしているタレントのまねをしてるんですよ、大丈夫ですか?
「放送禁止歌」を読んでから森達也氏の書くものには興味をもって、ぽつぽつ読んでんだけど。
去年出たこれは月刊『創』の連載をまとめたものらしいが、『創』を読んだことは一度もないです、私。
タイトルのとおり、メディア時評なんだけど、以前から著者がおかしいと思ってることが、具体的にいっぱい書いてある。
私なんかも、そうだそうだって思うこと多いんで、気づいたとこに付箋貼りながら読んでったら、けっこういっぱいになっちゃった。
今のメディアというか世のなかの、なにがおかしいって思うのかってのは、語ると長くなるんだけどね。
著者が言ってんのは、ものごとというのは、それを見る視点によって、見え方が違うんだから、そのことをもっと意識しようよ、ってことになると思う。
マスメディアについては、同様に一方的なものの見方で騒ぐんぢゃなくて、よく取材して、影響力を自覚したうえで、報道なりなんなりをしようよ、って感じかな。
そのときどきの具体的な話に触れてる例としては、オウム関係者が職業安定法違反という普通ありえない容疑で逮捕されたときに、そのことの意味をきちんと押さえずに、ただ警察発表を報じてるのとかには「メディアではなくスピーカーだ」と厳しい。
また、北朝鮮拉致被害者の証言によるとされる情報は、メディアが取材したものではなく、関係者経由のもので、それを「…とわかった」っていう書き方で伝えてんのはどーなのよといった点も指摘してる。
>現象や事件は無限に多面的な構造だ。その無限の視点のうちのひとつを提供するのがメディアだ。「見抜く」とか「騙されない」とかの位相で語るのではなく、「視点を変えれば違う実相が見えてくることを絶えず意識に置きながら接する」ことが、本来のメディア・リテラシーなのだと僕は考える。(123ページ)ということで、どーしてもテーマをひとことで表す単語が欲しければ、メディア・リテラシーってことになるんだろうな。
でも、そういう簡単に要約するラベルを貼っちゃうのは、よくないんだよねー、きっと。実は、最近のメディアの傾向として、なにかと「わかりやすさ」を求めて、ものごとを単純に、ときにはどっちが善か悪かって二元論に区分けしたがるってのが問題だ、って言ってるのが本書だから。
メディアによる伝え方に疑問を持たないひとほど読んだほうがいいと思うんだけど、疑問持たない人はこういう本読もうとしないんだろうな。
たとえば、最近の報道をみると、凶悪な殺人事件が増えてると感じてるひと、実際には殺人の件数は年々減ってます。そのことはあまり報道されません。なんとなーくの感覚として治安が悪化してると思わせといたほうが、いろいろと警察行政による統制とかがやりやすいからかもしれませんよ、大丈夫ですか?
たとえば、笑うときに、顔の前に持ち上げた両手を叩くひと、それって無意識にテレビに出てきて目立とうとしているタレントのまねをしてるんですよ、大丈夫ですか?