かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

草原の国モンゴルその11 遊牧民宅訪問

2024年12月17日 | China・Mongolia


今日もゴルフ。
気温は、低いが、風も少なく、いいコンディション。
スコアは、平凡。



朝は、まだ霜が降りていて、こんな感じ。



紅葉は、ピークを過ぎているが、まだ色が残っている紅葉も。



砂漠をささっと見た後は、宿泊しているツーリスト・キャンプに近い、遊牧民宅を訪問。
訪れた家は、子ども2人の4人家族だが、子供は、15㎞離れた学校へ通学中。
親戚も隣のゲルにいっしょに住んで、遊牧民生活を送っている。
まさに、自然との闘いの日々で、相手が生き物だけに、農家よりも、ずっとしんどそう。
年に4回ほど、餌を求めて移動するそうだが、移動は、だいたい5kmぐらいで、村をまたがる移動の場合は、許可が必要とのこと。



いただいた馬乳酒とスナック。
馬乳酒は、酸っぱいような感じだが、美味しい感じではない。。
アルコール度は、3%程度と低く、どちらかというと、健康のために飲むという感じか。

おつまみのお菓子として、乾チーズをいただいたが、あまりにも硬くて、歯が立たない。
持ち帰って、お湯につけてトライしたがやはりだめ。
モンゴルの人は、歯が相当硬いのだろうか。



即席室内灯。
長方形のうちわのような形をしており、太陽光で充電して、それを屋根にはめ込んで使う。
これは、日本でもキャンプや、非常用として使えるか?



ゲルの天井。
若者向けでややおしゃれなデザインという。



馬の乳しぼり。
他の馬に一旦吸わせてからでないと、乳は出ない。
手間のかかる力仕事だ。
山羊規模になると、手間の割に搾乳量が少ないので、最近は、乳を取らないという。



一頭から1Lぐらいは採れていただろうか。
器用に搾乳する。



放牧していた山羊、羊たちも帰って来た。



乳搾りが続く中、遊牧民宅を後にした。
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草原の国モンゴルその10 オルホン渓谷とブルド砂丘

2024年12月16日 | China・Mongolia
今日も温度は低いが穏やかな天気。
家事に集中。



天気が下り坂になり、当初オルホン渓谷ハイキングが予定されていたが、キャンセルとなり、直接オルホン渓谷を見下ろす丘へ。
オボーと呼ばれる石積み。
宗教的な意味と、ランドマーク的な意味を持つ。
チベットでもたくさん見た。



いい眺めだが、渓谷と呼ぶほどの険しさは、感じられない。



ハイキングの場合、もっと奥地に行ったのだろうか。



カラコルム市街方向を見下ろしたところ。



右上に見える白い区画が、エルデニ・ゾー寺院。



アサランド。
朝青龍が経営しているツーリスト・キャンプ。
中央のドームが目立つ。
朝青龍さんは、癌の治療中と、当地では言われている。



遊牧民の方がゲルの方に向かっていた。



続いて向かったのが、ブルド砂漠。
着いた時には、風雨が強く、ゆっくり見られなかった。



観光用ラクダも閑古鳥。



エジプト、ウズベキスタンに続いて、砂は採取してきた!
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草原の国モンゴルその9 亀石

2024年12月12日 | China・Mongolia
冷え込んでいる。
家事に集中。



エルデニ・ゾーから東に5分頃行った所に、亀石はあった。
この亀石は、カラコルムに3つあるそうで、その内の一つ。
埋まっていたものを掘り起こして、現在、地上に展示されている。
チンギス・ハーンの時代の前からあるもので、突厥や、ウィグル時代のものと考えられている。
当初は、石碑が立っていたが、その石碑は失われている。
なかなかの存在感。



ここが、都があった時代のお寺のあった場所。
カラコルム博物館の、ジオラマでも再現されていたが、かなり大きなお寺であったことがわかっている。



柱のあった場所が、四角で囲まれている。



礎石が残っているところもある。



原っぱには、当時の建物に使われたらしい部材の破片が転がっている。
これら持ち帰ることは、禁止されているが、時が経つにつれ、ますます発掘は、困難になってくるだろう。



壁だったのだろうか。
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草原の国モンゴルその8 エルデニ・ゾー寺院

2024年12月11日 | China・Mongolia
今日も好天。
家事に集中。



カラコルムの一番の見どころであるエルデニ・ゾー寺院。
エルデニは、宝の意味。
草原の一区画に、寺院の建物が立ち並ぶ。



西門から入って、東門に抜ける。
1586年創建のハルハモンゴル(現在のモンゴルの多数派民族)最初の仏教寺院。
カラコルムの跡地に建てられた。
宮殿の廃材で建てられたという。



1939年に、当時の人民政府にほとんど破壊されたが、一部の建物が、博物館として残され、1990年の民主化以降、宗教施設として復活し、ユネスコ遺産にも指定された。



3つの立派なお堂(ゴルバン・ゾー)の他、東西にも一棟づつお堂が残る。
中には、立派な仏像が立ち並んでおり、見応えがあったが、写真撮影は不可。
いかにも、チベット仏教らしい仏像や、仏画群であった。



中央寺の屋根。



東に向けて、仏塔、大講堂が並んでいる。



マニ車は、とりあえず、設置したという感じ。



チベット式仏塔。
ソボルガン塔と呼ばれる。
1799年建立。
高さは、約8m。



1803年に建てられたフフ寺。
傷みが激しい。



一番立派な大講堂。
1784年に建てられ、ラブラン寺と呼ばれる。
僧侶たちが、祈りを熱心に捧げていた。
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草原の国モンゴルその7 カラコルム博物館

2024年12月10日 | China・Mongolia
今日もいい天気。
こんなに晴天が続いていいんだろうか。

訃報が続いている。
小倉智昭さん。
ブルーノートで、何度かお見かけした。
覚悟をしていたとはいえ。
ご冥福をお祈りする。



キャンプのあるブルドからさらに西に向かうと、チンギス時代の中心だったからカラコルムがある。
今は、ハラホリンと呼ばれている。
景色は、変わらず。



最初に訪れたのが、カラコルム博物館。
日本政府の援助と、日本モンゴルの共同研究が展示されている。
中の写真が撮れないのが残念だが(お金を払えば撮れる)、なかなか素晴らしい展示。
ウランバートルにチンギス・ハーン博物館が新にできて、一部の展示物が引っ越してしまったそうだが(最終日に見た)。



最初、2010年から2011年にかけて発掘されたバムバガー遺跡の映像。
巨大な墳墓で、シルクロードで見る墓と似てる墓ではある。
貴重な壁画、俑、コインなどが見つかっている。
近くには、多くの遺跡があり、かつてモンゴル帝国の中心であったことと、シルクロードの要衝であったことがわかる。
展示も、当地の歴史が、展示物を通して理解できる、わかりやすいものだった。
鹿石の展示も、見たことがないもので、興味深かった。
ウランバートルから遠く、訪れる人は少なかったが(ほとんど外国人観光客)。



カラコルムは、チンギスが場所を定め、息子のオゴタイが発展させた町だが、長い間忘れられ、当時の物は、ほとんど残っていない。
今後の発掘が待たれる。
ヨーロッパの都市より、東京の方が全然近い。
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