かねやんの亜細亜探訪

さすらうサラリーマンが、亜細亜のこと、ロックのこと、その他いろいろ書いてみたいと思ってますが、どうなることやら。

ぶらりインドその10 デリー国立博物館その9

2011年07月31日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan
今日は、梅雨みたいな天気だった。
その中で、いろいろ雑用をこなしたのだが、その一つに、光回線の接続があった。
何と3回目。
1回目は、今や悪名高いTEPCOの光。値段に釣られたのが浅はかだった。しばらくして、サービスは取りやめになり、KDDIに引き継がれた。ところが、KDDIは、途中で、TEPCOからの客を放り投げ、NTTに変えるよう誘導。手紙で、クレームも出したが、何の反応もなく、やむなくNTT光に切り替え。これが、二回目の接続。
ところが、今度は、私の住んでいる地域が、光回線では、KDDIが一番快適なサービスをできることになったという。ということで、今日、KDDIへの3回目の光回線接続になった。

金銭的な負担はないが、半日つぶれるのと、PCなどの設定し直し、電話も光だから、そちらの方の手続きし直しなど、面唐ュさくてしょうがない。プロバイダーも変わる。
TVや、セキュリティで、光回線を使っている人は、もっと複雑な手続きを強いられる。
これが、最後のひかり回線の接続になることを、切に望む。

そういえば、インターネットを使い出した頃は、電話線をPCにつないで使ってたっけ。のどかだったなぁ。



Buddha with Naga-Kalika, Gandhara, 2AD
ブッダとナーガカリカ?、ガンダーラ、2世紀



天使?
ギリシャ風?



Buddha, Gandhara, 2-3 AD
仏像、ガンダーラ、2-3世紀



Bodhisattva, Gupta, 5AD, Sarnath, Uttar Puradesh
菩薩像、グプタ朝、5世紀、サールナート、ウッタルプラデーシュ州



Bodhisattva Padmapari, Gupta, 6AD, Sarnath, Uttar Pradesh
パドマパリ?と菩薩、グプタ朝、6世紀、グプタ朝、サールナート、ウッタルプラデーシュ州



Parvati with Skanda, Gupta, 6AD, Sagar, Madhya Pradesh
スカンダとパルヴァティ、グプタ朝、6世紀、サガ、マディヤプラデーシュ州

間違ってたらごめんね。
この混沌がインドというこでとで、許してね。

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釈尊の生涯

2011年07月30日 | Books
今日は、ゴルフだった。朝行く時に土砂降りになり、だめかと思ったら、結局プレー中は、一度も雨は降らず、かえって涼しくてよかったぐらい。帰りは、真夏の日差しまで戻った。と思ったら、今は外は雷雨だ。
夏終盤の不安定な天気を思い起こさせるが、大雨の状況は、深刻だ。被災地の方々に、お見舞いを申し上げる。



仏陀の生涯に関する本をいろいろ読んできたが、本書がどうも元祖らしい。中村元さんによる本書は、元は、1957年に著わされた。私の生まれる前だ。今も、平凡社ライブラリの一巻として発行され続けている。

中村さんは、ブッダの生涯を、なるべく古い記録から、あぶり出そうとした。もちろんそれも言い伝えであるから、程度問題であるのだが、後から付け加えられたものをなるべく排除し、史実らしきもののみを抽出した。これが、その後のブッダの本に大きな影響を与えたのは、間違いない。

中村さんは、ブッダの誕生を463BC年、入滅を383BC年とした。アショカ王の年代が基礎になっているが、学者によって100年ほどの差がある。ただ、中村さんによると、年代の不明な古代インドとしては、僅か100年の差異しかないということは、驚くべきことという。
確かに、ほとんど記録の残っていない2500年ぐらい前の話。個人としてのブッダの歴史性が確定したことだけでも、凄いことなのだ。

古代の経典からの抜粋部分は、なかなか理解が難しい。一貫性があるのかないのかわからない部分もある。それに対し、中村さんはこう答えている。

「悟りの内容にかんして経典自体の伝えているところが非常に相違している。いったいどれがほんとうなのか。ゴータマのえた悟りは、不安定、曖昧模糊たるものであろうか?仏教の教えは確立していなかったのであろうか?
まさにそのとおりである。釈尊の悟りの内容、仏教の出発点が種々に異なって伝えられているという点に、われわれは重大な問題と特性を見出すのである。
第一に仏教そのものは特定の教義というものがない。
第二に、特定の教義がないということは、けっして無思想ということではない。既成の信条や教理にとらわれることなく、現実の人間をあるがままに見て、安心立命の境地をえようとするのである。
第三に、人間の理法(ダルマ)なるものは固定したものではなくて、具体的な生きた人間に則して展開するものであるということを認める。実践哲学としてのこの立場は、思想的には無限の発展を可能ならしめる。」

この説明自体も簡単なものではないが(現代文の試験に出て来たら、満点はとれないだろう)、膨大な様々な経典を前にした時、まず心得ておくべきことかもしれない。

レベルの高い、かつ元祖本として、ブッダに興味のある人は、是非読んでおくべき本だろう。
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ぶらりインドその9 デリー国立博物館その8

2011年07月29日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan

蒸し暑い日が続いている。円高、ドル安も一直線に進行中。このまま米議会のチキンレースを止めないと、世界経済崩壊の日も近い?



Bodhisattva, Gandhara, 2-3 AD
菩薩像、ガンダーラ、2-3世紀
衣の紋が美しい。



Chaturumukha Sivalinga, Kushan, 2AD, Mathra, Uttar Pradesh
チャトルムクハ シヴァリンガ、クシャナ朝、2世紀、マトゥラー、ウッタルプラデーシュ州
4面に顔。凄い迫力だ。



釈迦三尊像?



Kubera God of wealth, Kushan, 2 AD, Ahicchatra, Uttar Pradesh
クベーラ 豊饒の神、クシャナ朝、2世紀、アヒチャトラー、ウッタルプラデーシュ州

これは、1984年に来日している。その時の図録の解説を載せておく。
「クベーラは、ヒンドゥ教の財宝の神で、地中に埋蔵された秘宝の守護神といわれる。
クベーラはしばしな猪首鼓腹の非常に肥満した男の坐像としてあらわされる。腹が異常に太く膨らんでいるために正座できず立膝をしている。布を腰から膝にまとう。半ば見開いた突出した眼と、口辺のいたずらっぽい笑みが神秘的な性格を反映している。
クベーラに該当する仏教の神をジャンプハーラといい、やはり独特の太鼓腹にあらわされるがやがてこの神は多聞天となって仏陀を守護する」

さらっとこんな解説ができたらいいんだけど。



Female Head, Kushana, 2AD, Mathura, Uttar Pradesh
女性の頭、クシャナ朝、2世紀、マトゥラー、ウッタルプラデーシュ州



仏頭
たぶんサールナート出土。仏像の芸術性がピークに達したころの作品。



仏頭
これも、サールナート出土だろう。

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エロスの神々

2011年07月28日 | Books


本書は、先日のビッグサイトのブックフェアーの河出書房のバーゲンコーナーでGETした。
定価だったら、手を出さなかったかも。

本書の読みどころは少ない。ほとんど写真。しかもほにゃららものばかり。
著者の福田和彦さんは、その道の権威だが、それにしても、よくもこれだけ、写真を撮りまくったものだ。それも、灼熱のインドで。

インドの5寺院の壁の浮き彫りと、ネパールの神々の写真だ。ミトゥナ像と呼ばれる。

その手の像は、世界遺産のカジュラーホのが有名だが、インドでは、他でも結構見られる。デリー博物館の展示の中にも、官能的な像が多く含まれている。
ただ、この手の像は、寺院の壁面に、群れをなしているところに、迫力と、信仰への思いが感じられるものだろう。

「この神殿の舞楽殿の音楽を奏でる天女を見よ。踊り、歌う天女を見よ。彼女たちは神々の歌を、踊りの妙なる響きをわれわれに伝える。この愛の響きこそが、まさに神々の響きとなり、波動となってわれわれの心を浄化するのである。これこそが心理であり、自我を超えた真の歓喜の世界である。これを形象化し、象徴させたものが太陽神殿の彫刻群であって、これを世俗化した眼でみてはならない。」

嬉しいのは、ネパールで見たミトラ像が多く載っていることだ。タンカという表現をしているが、屋根を支える木に彫られているもので、位の高い寺院に彫られるとガイドさんは言っていた。

実は、あのやはり世界遺産のエローラのカイラーサ寺院でも、この手の浮き彫りがあったのだが、本書では、取り上げられていなかった。こちらは、隠れるように、地味に彫られていたから、敢えて取り上げなかったのか、ご存知ではなかったのか。

そういえば、カンボジアや、インドネシアにも、ヒンドゥ教の遺跡があるが、ミトゥナ像を見た記憶はなかったなぁ。インド・ネパールだけなのかな?
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ぶらりインドその8 デリー国立博物館その7

2011年07月27日 | India・Sri Lanka・Nepal・Bhutan・Uzbekistan
また、蒸し暑くなってきた。まだまだ、暑い夏は続くのだが。
政治の方は、あいかわらず、どうしようもない。この円高を、どう考えているのか。日本などどうなっても構わないのだろう。そうとしか思えない。
それにしても、政府のチョンボを税金で賄う話ばかりで、うんざりする。個人は、海外に移住は難しいけど、企業の海外流出は止まらない。それが、また税収減を招く。



Yamana ( a river goddess ), 8AD, Adhya Pradesh
ヤマナ(川の女神)、8世紀、アディヤプラデーシュ州



Femail Bust, Vardhana, 7 AD, Gwatior, Madhya Pradesh
女性の胸像、ヴァルダハナ?、7世紀、グワティオル?、マディヤプラデーシュ州



Religional Ritual, 2700-2800BC
宗教上の儀式に使われたもの?、紀元前2700-2800
インダス文明の逸品



Religional Ritual, 2700-2800BC
宗教上の儀式に使われたもの?、紀元前2700-2800
リンガが、インダス文明から引き継がれたことがわかる。



Hrappan Burial from Rakhygarhi
ハラッパの埋葬(ラクシャガリ?)



Stupa, Sunga, 2BC, Barhut, Madhya Pradesh
仏塔、スンガ朝、2世紀、バルフット、マディヤプラデーシュ州

こちらは、来日時の図録に説明があった。
「仏陀はヴァイシャリ月(5月)の満月の夜に、人身を脱するであろうと予言した。高弟アナンダはそれを聴いて、ひどく悲しんだが、ブッダは生も死も永遠の真理なのであって、誰もそれを免れることはできないのであるから悲しむことはないと諭したアナンダは覚者で師である仏陀を記憶するための記念物の形を教えて下さいと頼んだところ、仏陀は手にした托鉢用の鉢をうつ伏せにして、その形を示したといわれている。
パールフットの主塔の玉垣の笠石浮き彫りしたこの小ストゥーパは、信者が塔の周囲をめぐりながら礼拝する様子を表現したもの。玉垣を二重にあらわしているのは二重の礼拝周路を示す。半球形のドームは釈迦が悟りをひらいた菩提樹の葉でかざり、シュロの立木は至上の覚りを得た人物を暗示する。」



Carving of a Cave, Sunga, 2BC, Barhut, Madhya Pradesh
石窟の彫刻、スンガ朝、2世紀、バルフット、マディヤプラデーシュ州



Great Renunciation of Buddah, Satavahana, 2BC, Maharashtra
ブッダの出家、サタヴァハナ?、2世紀、マハラシュトラ州



Adrator of Stupa, Ilshavaku, 3AD, Nagarjunakonda, Andhra Pradesh
仏塔崇拝、イルシャヴァク?、3世紀、ナガルジュナコンダ、アンドラプラデーシュ州

相変わらず、わからなくて、申し訳ない。もっと研究してから載せればいいのだけど。
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