こんにちは、13期の佐野です。
『日本人は、リスク・マネジメントが下手。』
こんな言葉を耳にすることがよくあります。
私は時々、プロジェクト・マネージャー(PM)を目指す若手・中堅クラスの方向けのプロジェクトマネジメント研修の講師を行うことがありますが、熱心に参加していた受講生が突如リスク・マネジメントの講義や演習の時間になるとトーンが下がってしまいます。受講生にリスク・マネジメントに対する印象を尋ねると、
「起こるか起こらないかわからないことに、何故こんなに時間を割くの?」
「マネジメントの有効性や効果が低いような気がする。」
「仕事を始めるときは、リスクがないことが前提なので。」
「何か起きたら、その時考えればいいと思っています。」
などの答えが返ってきます。ある程度PMを経験するとこのような発言は一切無くなるのですが、PM以外の人たちにとってリスクは、無用の長物のように思われているのかもしれません。
適切なリスク・マネジメントが行われなかったことで、甚大な被害を受ける事例は山ほどあります。近年起きた事例の中で最も印象的なのは、東日本大震災による福島第一原発の事故です。津浪が来るかもしれないというリスクに対して、事前の対応を怠ったため、事故後の処理費用はすでに10年間で13兆円になってしまいました。廃炉まで30年かかる想定で、総額80兆円規模の費用が投入されるとの予測もあります。もし事前の対策(例えば高い防潮堤を造るなど)を行っておけば、これほどのコストはかからなかったでしょう。生活圏の喪失や風評被害など、単純に貨幣価値に換算できない損失もあります。リスク・マネジメントの失敗は、第三者も巻き込む社会的損失をもたらすこともあり、とても恐ろしいことです。
身近なところでも『プロジェクトで火が噴いた』という話は、よく聞いたり経験したりすることがあると思います。冷静に振り返ってみれば、噴火したプロジェクトの多くがリスク・マネジメントが出来ていなかったことに起因しているのではないでしょうか。私も肌感覚ですが、受講生の発言にもあった「何か起きたら、その時考えればいい」的なマネジメントが非常に多いと感じます。何か起きたら「時すでに遅し」、その時考えてもいい案が浮かぶことは皆無で、奇跡でも起きないかぎりそのまま炎上プロジェクトの仲間入り。その後、リカバリのために時間とお金を湯水のように使うことになります。
リスク・マネジメントを簡単に説明すると、プロジェクトに起こりうるリスクを考えられる限りすべて列挙しておき、影響度(品質、納期、コストについての影響)と発生確率を分析し、二軸からリスク対策の優先度を設定、高い優先度のものから事象が顕在化した際に取るべき対応策・責任者・体制・費用等を決めておくことです。定期的にリスクを再評価し、優先度や対応策をプロジェクトが終了するまで見直しをします。もし、リスク事象が顕在化した際には、あらかじめ決めておいた対応策を実行します。対策が正常に機能すれば、プロジェクトがリスクによって受ける影響を最小限に留めることができる、という考え方に基づきます。
手順はそれほど難しいことではありませんが、問題はこの手間を惜しむことです。確かに列挙したリスクがすべて発生するとは限りません。発生確率が低いリスクに対応策を考える時間がもったいないという意見は尤もですが、1%でも発生確率があるのであれば、少なくともその時に何が起こるか(影響度合い)を評価することだけでもしておくべきです。勉強する時間を投資と考えるのと同様に、リスクを評価する時間も投資と考えるべきで、その価値はあります。その時リスクが顕在化しなくても、別のプロジェクトでその知見が活かされるからです。
また、日本人の多くは「ゼロ・リスク」を求める傾向にあるようです。TVや新聞などのメディアが「ゼロ・リスク」要求に偏った報道をするので、国民全体がそれに影響を受けているように思います。しかし、少なくともビジネスの世界では、リスクを取らなければそこに成長は存在しません。リスクが存在することを前提に、適切なリスク・マネジメントによって受ける影響を最小化するという取り組みを、誰もが自然に行えるようにならなければならないと感じています。それにはまず、一人一人がリスクに対する感度を高めなければいけません。多くの経験と失敗を繰り返して、リスクの怖さとともに感性を養う。その積み重ねが、一つでも多くの失敗プロジェクトを減らすことに繋がるのではないかと思います。
以上です。今日も最後までお読みいただき、有難うございました。