週末に福島を訪問しました。
同行された方もほとんどが福島は初めてでした。
今回の訪問の中で、問われた言葉の中に、
「なぜ、あなたは東北に来るのか」がありました。
このことについて考えてみました。
私には東日本大震災以前には東北の友人はほとんどいませんでした。
震災後、東北の友達ができました。
最初はその人に会うために、東北に行っていると思っていました。
友人がいる地を尋ねるのは大きな喜びでもありますから。
でも、それは、実は訪問の目的の一部だったのです。
私は、マスメディアやネット、書籍などを通じて多くの東北の人々を知りました。
3.11以前と、その後では、その情報量は数万倍の差があります。
それぞれに生活を送られている人々を知ったのです。
岡山にも多くの方がいらっしゃいました。
それだけではありません。
震災で亡くなられた人々の多くを知りました。
南三陸の防災庁舎で活躍された遠藤さん。
雄勝病院で患者を救おうと一所懸命働いた医師や看護師さん。
大川小学校の皆さん。
佐村河内守さんがレクイエムを捧げた若いお母さん。
数えきれないほど多くの方を知りました。
NHKの東日本大震災アーカイブを観れば、被災された方々の様子が記録されています。
私はその人々を知ってしまいました。
尊い命を失われた方々を知ってしまいました。
もちろん、皆さんは私のことを知る由はありません。
私たちは、現実には知り合いではありません。
でも、知ってしまいました。
素晴らしい人々を。
だから、東北が好きになりました。
そして、たびたび、訪問するようになりました。
私には、お互いに知り合うということが最重要ではないのです。
ただただ、多くの人々を「知っている」素晴らしい東北に行きたいのです。
写真は、南相馬市 生涯学習センター 「第5回復興グルメF-1大会」会場です。
寒い中、8000人もの方に参加いただきました。
本当にありがとうございました
同行された方もほとんどが福島は初めてでした。
今回の訪問の中で、問われた言葉の中に、
「なぜ、あなたは東北に来るのか」がありました。
このことについて考えてみました。
私には東日本大震災以前には東北の友人はほとんどいませんでした。
震災後、東北の友達ができました。
最初はその人に会うために、東北に行っていると思っていました。
友人がいる地を尋ねるのは大きな喜びでもありますから。
でも、それは、実は訪問の目的の一部だったのです。
私は、マスメディアやネット、書籍などを通じて多くの東北の人々を知りました。
3.11以前と、その後では、その情報量は数万倍の差があります。
それぞれに生活を送られている人々を知ったのです。
岡山にも多くの方がいらっしゃいました。
それだけではありません。
震災で亡くなられた人々の多くを知りました。
南三陸の防災庁舎で活躍された遠藤さん。
雄勝病院で患者を救おうと一所懸命働いた医師や看護師さん。
大川小学校の皆さん。
佐村河内守さんがレクイエムを捧げた若いお母さん。
数えきれないほど多くの方を知りました。
NHKの東日本大震災アーカイブを観れば、被災された方々の様子が記録されています。
私はその人々を知ってしまいました。
尊い命を失われた方々を知ってしまいました。
もちろん、皆さんは私のことを知る由はありません。
私たちは、現実には知り合いではありません。
でも、知ってしまいました。
素晴らしい人々を。
だから、東北が好きになりました。
そして、たびたび、訪問するようになりました。
私には、お互いに知り合うということが最重要ではないのです。
ただただ、多くの人々を「知っている」素晴らしい東北に行きたいのです。
写真は、南相馬市 生涯学習センター 「第5回復興グルメF-1大会」会場です。
寒い中、8000人もの方に参加いただきました。
本当にありがとうございました