今年落語家人生六十三年を迎え、人気テレビ番組『笑点』の五代目司会者を務める桂歌丸さんのインタビュー記事が今月号の「致知」に載っていました。
歌丸さんは、現在七十七歳。落語芸術協会会長として、寄席芸能の発展にも寄与しつつ、『生涯現役』を貫き今でも高座に上がりつつけています。
歌丸師匠は早くに父親を亡くし、母とも離れて暮らし、祖母に育てられたそうです。
水商売をしていた祖母はよく演芸場に連れて行ってくれたそうで、芝居の幕間の漫才を見るのが楽しみで、「(戦後の)笑いの少ない時代に、人を笑わせる商売をしたい」と思うようになったとのこと。
小学校四年生の時には、ラジオの寄席の番組を聴いて、「俺の進む道は落語家しかない」と思い、中学校三年生の11月には古今亭今輔師匠のもとにとびこんだのだそうです。
歌丸師匠の生き方と師匠が教えられた言葉に迫ります。
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-現在のご心境は
桂「自分が好きで入った道ですからね、人に勧められてやっているわけじゃない。そりゃあ波瀾万丈の人生ではあったんです。でもやっぱり、周りの人たちに支えられた面がずいぶんあるんですよ。
何の商売でもそうですけど、若いうちは未経験ですから、難しいことは難しいですよ。それをいかに周りが教えてくれるか、あるいは叱ってくれるかということですよね」
桂歌丸師匠は晴れて噺家になった一年後に苦労して育ててくれた祖母が亡くなってしまったのだそうです。
「でもそれからは今輔師匠が親代わりになってくださった。近所の方もいろいろと面倒を見てくれた。だからそこなんですよ、周りの人に支えられたって言うのは」
「その頃、今輔師匠からこう言われたことがあるんです。『苦労しなさい。ただ、何年かして振り返ってみた時に、その苦労を笑い話にできるように努力しなさい』
苦労の壁をどう乗り越えるか、どう突き破るか、それも一つの勉強だと。若い時には師匠の言葉の真意は分かりませんでしたけど、いまになってみると大変ありがたい言葉だと思います」
「今輔師匠から教わったことは山のようにありますが、最初に私に言ったのは『歌舞伎を見ろ』ということでした。ただそれ以上は言わない。最初のうちは意味も分からず、ただ歌舞伎を見に行っていましたが、後になって気がつきました。
一つは『間』です。歌舞伎の役者数は相手がいて喋りますよね。ところが我々噺家は一人で難役もやらなきゃ行けないでしょう。だから噺の『間』というのがもの凄く大事なんです。
それから『形』。歌舞伎だったら刀なら刀をちゃんと小道具として持っています。けど、私たちの道具は扇子と手拭いしかないんですから、それでいかに嘘をつくかですよ。つまり、扇子を刀に見せる、手拭いを手紙に見せる。その形が悪かったらお客さんに伝わらない。そういう『間』と『形』を覚えろといったんだと思います」
「また、噺の言葉遣い一つにしてもこんなことを教えていただきました。『若いうちは言葉尻に"ね"をつけるな』と」
-どういうことですか?
「例えば(遊郭を扱った)郭話(くるわばなし)をするときに、『吉原がありましてね』って言うと、自分が昔の吉原を知ってなきゃいけないと。なるほど、そのとおりなんですよね。
じゃあどういうふうに喋るか。『吉原というところがあったそうです』って言えば、人から聞いて喋っていることになるんです。
お客様は十代の私よりもずいぶん年上の方ですから、『吉原がありましてね』というと違和感を抱く。あるいは偉そうに思われる。だから若いうちは"ね"を絶対つけるなって。
あと『若いうちはできる限り大きい声で喋れ』って言われました。これは落語ばかりじゃなくて、普段から大きい声で喋れと。なぜか。歳を取れば自然に声は小さくなってくる。だから若いうちから小さい声で喋っていると、歳を取ると聞こえなくなっちゃうんですよ。今輔師匠は本当に亡くなるまで大きな声でしたよ」
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-これまで数多くのお弟子さんを育ててこられたと思いますが、指導するに当たって心がけていることはありますか。
「これは今輔師匠から言われた言葉なんですが、『褒める人間は敵と思え。教えてくれる人、注意してくれる人は味方と思え』という教えは大切にしています。
普通人間っていうのは褒められれば嬉しいですよね。怒られたら『畜生』と思いますよね。それは逆だって言うんです。
若いうちに褒められると、そこで成長は止まっちゃう。木に例えれば、出てきた木の芽をバチンと摘んじゃうことになる。で、教えてくれる人、注意してくれる人、叱ってくれる人は足元へ水をやり、肥料をやり、大木にし、花を咲かせ、実を結ばせようとしてくれる人間だって。
これは噺家になってすぐ言われたんです。私の高座を聴いた人が今輔師匠に『彼は子供だけど噺がしっかりしてる』って言ったそうなんです。それを受けて、私に注意してくれたんでしょうね。今から褒められていたんじゃ、えらいことになるって」
「それから私が大切にしている言葉に『芸は人なり』というのがあります。薄情な人間には薄情な芸、嫌らしい人間には嫌らしい芸しかできないんです。だから、なるたけ清楚な、正直な人間にならなきゃダメだって。それが芸に出てくる」
-常日頃、自分を磨いていないと良い芸も生まれないと
「これは噺家ばかりじゃないですよ。ビジネスマンの方でもそうだと思うんです。だからこういう言葉があるじゃないですか。『品物を売るんじゃなくて』自分を売れ』。それと同じですよ」
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いかがでしょう。歌丸師匠は、今でも最低一日一回は稽古をするそうです。『噺百編』という言葉があるように、一つの噺は百回やらないと自分のものにならないのだそうです。
「目を瞑るときまで現役でいたい」という桂歌丸師匠。いつまでも元気で世の中に笑いを振りまいていただきたいものです。