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木下斉さんの「稼ぐまちが地方を変える」(NHK出版新書)を読みました。
サブタイトルには「誰も言わなかった10の鉄則」とあって、著者が自分で体験し会得したリアルなまちづくりのコツを紹介しています。
まちづくり界ではすっかり有名人の木下さんは1982年生まれという若手。
ネットでもいろいろなヒントを提供してくれていますが、この本の始めの方は、彼がまちづくりの世界に入り込むことになった事情や歴史から始まります。
もともと東京生まれの木下さんは、商店街に生まれ育ったわけでもなくまちづくりにも興味はありませんでした。
ただ、中学校時代から「学外でも何か活動をしたい」とは思っていて、そこで大学入試のない早稲田大学高等学院に進学し、受験勉強をしない分、何か実社会での取り組みをしようと考えたのだそう。
そこで偶然見かけた早稲田商店会の活動のホームページに「学生部設立、部員募集(高校生でも可)とあったのでメールで応募、それがすべての始まりでした。
早稲田商店会では、活動のためのお金がほとんどなくて、その分知恵を出すことが必要でしたが、考えたことは若くても自由にやらせてくれて、おまけにいろいろな大人の人にもあえて話ができてとても楽しかった、といいます。
そこで木下さんは、アイディアを形にすることや、行政や大きな組織を巻き込めばどんどんうねりは大きくなって、そっぽを向いていた人たちも協力的になってくれることを実体験として学びました。
ところが好事魔多し。
低予算で知恵を出していた商店会の活動に、「中心市街地活性化法」の補助金が出ることになり、その結果会の活動の方向が「予算をどう使うか」というおかしな方に流れ、好意的だった人まで離れて行き、活動は低迷してしまいました。
木下さんは、「補助金は麻薬だ。自分たちで儲かる仕組みを考える方がよほどプラスになる」と言い切ります。
その後彼は、早稲田商店会の活動で知り合えた全国の商店会の人たちからの出資を受けた会社を立ち上げ、学生社長としてネットでのビジネスを試みましたが、これが大失敗。
彼はその手ひどい失敗から二つの教訓を得たといいます。
一つは、「全員の意見を聞くのではなく、自分で考えろ」ということ。誰かの意見を聞く前に、自分の頭で考えて行動しなければ、決断が難しくなる、と。
二つ目は、「甘い夢を掲げて仲間集めをしてはいけない」ということ。具体的な道筋がないのに甘い見通しでスタートしてはやはりうまくいかないのだと。
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彼は、まちづくりがどうやったらうまくいくかの答えを求めてアメリカに視察に行きます。
そこで大事なことに気が付きます。それは『地域再生は、不動産オーナーを基本に据えて考えるべきだ』ということでした。
アメリカでは、多くの不動産オーナーたちが積極的に地域に投資をしていました。その理由は、「まちづくりは自分たちの資産運用だからさ」というもの。
まちづくりに必要なのは、「政治」ではなく「経営」であり「経済」だ、と彼は目からうろこが落ちました。
「まち全体でいかに稼ぐか」ということが重要なテーマなのであってきれいだけでは成り立たない。
縮小する社会にあっても、資源を活用して稼ぎを生み出し利益を残してその利益をさらに次の事業に再投資する。それしかない、と彼は断言します。
このあたりは、まさに報徳の思想そのものではないか!と思いますが、それを評論家としてでなく、実践家だからこそたどり着いた極意だと思うと、言葉の重みが違います。
その後改めて彼が始めたのは、地域の中でコストを縮減して利益を生むという活動でした。
ごみ収集など、不動産オーナーや地域が、それまで当然かかると思っていた費用を効率化することで下げることに成功し、その差額を使ってオーナーへの還元、まち会社運営、そして未来への投資という「三分の一ルール」で事業を続けることができるようになりました。
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本の後半では、そうした彼のまちづくりにおける「必勝のための10の鉄則」が紹介されています。
鉄則①は「小さく始めよ」。ハナから大層なことをやろうとするな。地域は一軒のお店からでも変わる。
鉄則②は「補助金はあてにするな」。国はやたら地方創生という名のもとに、補助金メニューを増やしていますが、依存症になるだけだ、と。
そのため役人からは煙たがられることもあるそうですが、それで失敗した例は枚挙にいとまがないのです。
鉄則③は「一蓮托生のパートナーを見つけよう」。
鉄則④は「全員の合意は必要ない」、鉄則⑤は「先回り回収で確実に回収せよ」。
鉄則はあと5つあって全部で10ですが、ネタバレになりすぎるので紹介はここまでにします。興味があれば、本を実際に手に取っていただきたいと思います。
総じて、実践家として彼自身が悩み、それを乗り越えてきた中での実体験がもとになっているので、心の叫びとして重みがあります。
実践家としては、自分以外にもプレイヤーたちがお金も知恵も行動力も全て出して、利益という具体的な成果を上げることが大事なんだ、ということを言いたかったのだと思いますが、やはり頭は「報徳精神」に立ち返ってゆきます。
行政などという相互助け合いのシステムが満足になかった江戸時代にあって、地域のリーダーとして、村民一人一人がその気になってやる気を出し、どうやって明日に来年につなげてゆくかを考えたときに、二宮尊徳先生の言う、「至誠・勤労・分度・推譲」という四つの徳目は、今でも光輝いて見えます。
この本を読んだ後には、ぜひ「報徳記」や「二宮翁夜話」も読んでほしいと思います。
時代を超えて残る本は本物です。