北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

大雪でピンチ…はチャンス ~ 雪国で暮らすという事の当たり前を問う

2022-02-09 22:47:01 | Weblog

 まあ今年の札幌は雪が多くて難渋する声が溢れかえっています。

 過去には、今年と同等の大雪の年だってあったわけですが、その頃はまだ潤沢な公共事業費や余るほどの建設機械と労働力による力業(ちからわざ)で雪を取り除いて日常生活を維持してきたのです。

 ところが時代を経る中で、高齢化社会のために多くの税金を社会保障や医療・介護などにより多くあてがう一方、相対的に公共事業費は削減の流れになりまず予算が減りました。

 そうなると次に、少ない公共事業費では重機やダンプなどの建設機械を維持しきれなくなりこれらの数やそれを扱うオペレーターや運転手が減る。

 また少子化に伴って、建設業に携わる若い人たちが減ってきており重機以外の労働力も時代とともに減少してきます。

 これらはもうすでに、"予算を増やして補えるレベル"を超えているように思われます。

 つまり、これからはたとえ税金を増やしてもこれまでのように、朝起きたときには降った雪を除雪してくれてあり、溜まった雪も適切な時期に運搬排雪してくれるというような行政サービスは期待できない時期に近づいていると言えるでしょう。

 住民が雪に対する関心とお金をもう少し拠出する形での取り組みに参加をしなくてはならない時代になりつつあるし、もはや行政ももう少し強い形でそのことを表明せざるを得ない段階が近づいていると思うのです。

     ◆


 そもそも住宅地でも気の利いた人たちは、民間除排雪サービスを年間10回で3~4万円で契約していて、生活道路の雪を敷地の地先に積み上げておいてそれを運んでもらうという形で地域貢献しています。

 また札幌市では地域の街区公園などで地域で覚書を交わして住民の地先の雪を運搬して堆積しても良いという取り組みをしているところも増えています。

【公園の雪置き場としての利用について】
 https://www.city.sapporo.jp/kensetsu/yuki/kouen.html

 まじめで体力のある住民は地先の道路の雪もせっせと公園に運んで道路管理に協力しています。

 そもそも家や店の敷地の面する道路の管理は、地先の住人や商店主が行うというのがかつては暗黙のマナーだったり地域貢献の形でした。

 今でも街中の銀行や企業さんなどは自分たちの会社の周辺道路のゴミ拾いなどをボランティアでやっているところは多いはずです。

 ところがそれがこと雪になるとどうにもそんな社会貢献の力も考えも及ばないということでしょうか。

 雪国で暮らすということの参加意識をもう少し高める工夫が必用なように思います。

 雪国のまちづくりを言い出せば、運搬排雪する先の雪捨て場を都市計画でどのように配置・確保しているのか、とか、そもそも敷地に家を建てて良い建蔽率が本州と同様の80%で良いのか、とかより俯瞰的な視野で都市を語るような議論が必要なのですが、これからはそれらに加えて、雪を運び融かすためのエネルギーとCO2対策のSDGs的な視点も必要になることでしょう。

 無駄に放出されている熱エネルギーを、より安価でより効率的に家の周りの雪を融かすようなことに振り向けるような技術開発だって必要です。

     ◆

 今日通った道路はおそらく30センチ以上の厚さで踏み固めてあるのですが、これってそろそろ暖気が入ると一気に緩んでたちまち車のタイヤがぬかるんでしまうレベルです。

 そもそもは、厳冬期は踏み固めておいて暖気が入る頃にこれを削って運搬排雪することで対応するという管理水準なのでしょうが、今年のように雪が多くて運搬排雪能力が間に合わない状況では、一たび暖気が入ると全市的にスタックして渋滞の山になることが予想されます。

 行政的には批判されるピンチですが、ピンチな時こそチャンスでもあるはずで、人々の関心が雪に寄せられている今こそ、どうあるべきかの有識者会議とか、マスコミを交えて建設的で前向きな議論をすべきだと思うのですが…できますかねえ。

コメント
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