北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

「掛川って人口30万人くらい?」 ~ よくそう訊かれたなあ

2022-08-19 21:54:44 | Weblog

 

 私が掛川市の助役をしていたときに、東京の霞が関に挨拶に行き知人と会った時など、よく「掛川って人口はどれくらいなの?」と聞かれました。

「どれくらいだと思います?」と聞き返すと、「30万人くらい?」と言われたものです。

 東京の中心にいて全国を相手にしているような人たちは、しばしば人口規模に比例して名前を聞くという印象を持っています。

「えへへ、8万人くらいですよ(まだ市町村合併前だったので)」
「へえ、案外小さいんだね。でもその割にはよく名前を聞くからなあ」

 それもこれも、ひとえに当時の榛村市長さんが小規模地方自治体の代表のような立場で各種の国の審議会の委員として重用されたり、独自の政策が国の目を引いていたからです。

 地方自治体は人口規模で序列があるわけではありません。

 どんなに小さなところでも独立した行政体として自立した政策で住民を幸せにしようと工夫しています。

 そういうところに国の政策の半歩先を行くような先見性がある政策をおこなうところはやはり目立つのです。

 かつて掛川はそういう町だったし、その一員となったことには今でも誇りを感じます。


     ◆

 
 さてそんななか、10月上旬に掛川出張が決まりました。

 掛川市役所で久保田市長さんにもお会いできるように調整をしていただき、その後にはちゃんとした仕事として市役所を相手にプレゼンテーションと意見交換の予定をいれていただきました。

 掛川訪問は久しぶりのことで、この間に掛川時代に一緒に仕事をした市役所の同僚・友人たちの多くが退職をされましたし、中には病気になった友人もいます。

 その一方で、当時は若かった部下の人たちが今では幹部として立派に市役所行政を支えているというのも頼もしく映ります。

 久しく会っていない友人も多いので、この機会にぜひ少しでも多くの人たちと会っておきたいと思います。

 今回の仕事をきっかけに、掛川繋がりが強くなれば少し頻繁に掛川を訪問することができるかもしれず、その点は少し期待をしています。

 これまでに転勤などで移り住んだことがある場所は心の故郷としてしっかり記憶に残っています。

 そんな場所は定期的に訪れて"定点観測"をするのが私の興味の一つです。

 むかしよく行ったお店はまだ繁盛しているのかどうか、新しくできた建物や無くなってしまったところもあるかもしれません。

 そんな街並みや物売りの変化にこそ時代の波が表れます。

 さて、掛川の現状はどうなったことでしょう。

 今から掛川訪問を楽しみにしています。

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夏休みの宿題 ~ 大人は毎日が答えのない宿題

2022-08-18 22:55:06 | Weblog

 

 ネットの記事に、子供が「大人には夏休みの宿題がなくていいな」と言ったのに対して、「正解のある問題を出してもらえることがいかに幸せかを説いて聞かせた」というやりとりがありました。

 子供だって自由研究や読書感想文のように答えのない問題はあるでしょうが、それにしても大人になれば全編にわたって答えのない問題ばかり。

 それどころか問いも必ずしも与えられるわけではなく、問いも答えも自分で作るところから始まって、自分なりの答えを模索し続けるのが大人の世界です。

 仕事の正解は、上司が「これでいいよ」といった時に決まる、それが大人の宿題でした。


     ◆

 
 公務員試験の人気が低下中という話題もありました。

 相対的に女性の比率が上がったという事も話題になっていて、それはつまり男性が死亡しなくなったことの裏返しなのかもしれません。

 公務員試験への採用者も、以前なら東京大学を筆頭に国立大学の文系、理系が幅を利かせていたところですが、最近は有名私立大学はもちろん、地方の大学からもかなり人材が供給されています。

 人気がないことの理由として、残業が多く仕事と家庭の両立が難しいことや、転勤や職場の転換が早く自己成長が感じられないことなどが挙げられていました。

 私が採用になったころも先輩の中には「いいか、『滅私奉公』だよ」と真顔で言う人がいたくらいです。

 その当時は(まあそんなものかな)と思っていましたし、自分もその荒波の中を泳いでいたものですが、今ではそんなことを言ったらパワハラという扱いになるのでしょう。

 公務員が嫌われる理由のひとつに「有給休暇、子育て休暇、介護休暇」などが取りにくい、ということも挙げられていました。

 これらはどれくらい消化できたかが数字で表れてくるので、管理する側としては「もっと休みなさい、ちゃんと休暇を取りなさい」と言って指導して、実際に休暇を消化してもらえばよいのです。

 しかし部下の側にしてみると、締め切りのある仕事が多く、休暇を取って職場に行かなくても心の中では(あれはどうしようか)と悶々とするばかり。

 休んでも仕事は減らないし待ってくれないし、休んでいるときは相談したり指示したりする相手もいないし不安ばかりが増えるのがクリエイティブな仕事の性です。

 でも結局それらって、定められたことを定められた時間の範囲でこなしていれば良いアルバイトとは違って、必ずしも公務員に限らず民間企業に入っても大人の仕事なんてそんなものなのではないか、と思うのです。

 しかも大人になれば上司や部下・同僚、クライアントなどに囲まれて、それらとの関係性を維持し利用し、成果を共有しながら前に進める必要があります。
 
 まさにこれこそ大人の仕事。

 さらにその先には、年齢を重ねる中で自分人生の意義まで自分なりの答えを出さなくてはなりません。


 一人で正解を追い求めている夏休みの宿題は、大人になるための一段目の階段です。

 でもそんなことを教えたとしても子供には実感が伴わなし、それを理解させてもどうにもなりません。

 まずは宿題でも嫌な事でもなんでも、日々を一生懸命に生きる練習だと思うことです。

 それは子供が大人になっても変わらない価値観として残りますから。

 さて、子供たちの夏休みはそろそろ終わりですが、私は今日も一生懸命に生きられたでしょうか。

 

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朝顔式便器と夏の思い出

2022-08-17 22:11:33 | Weblog

 

 夏休みの苦い思い出が一つあります。

 小学校の4~5年生の時だったと思うのですが、当時札幌に住んでいた私は夏休みの時期に母に連れられて洞爺湖の南の虻田町にあった母方の祖父母の元へ遊びに行きました。

 祖父母の家にはそれまでにも何度か行ったことがあって、間取りなどは良く知っていて慣れた場所。

 私には2歳違いの弟がいるのですが、私も弟もやんちゃで祖父母の家につくやいなやすぐに二人で家の中で遊び始めました。

 その遊びというのも、家の中にいるハエを粘着テープで捕まえるというなんとも昭和な遊び。

 そんな私は、ハエが一番いるのはトイレだと気づいてトイレに駆け込みました。

 当時の祖父母の家には男性が小用を足すいわゆる「朝顔式便器」がありました。

 おしっこをうけるところがあって、そこから床に向けて陶製の細いパイプが下がっていくやつです。

 トイレの窓のところには狙いをつけたハエが何匹もいます。

 窓は子供にはちょっと高かったので、朝顔式の便器に足をかけたところ悲劇が起きました。

 私の体重に耐えかねて朝顔便器のパイプがボキッと折れてしまったのです。

 内心(やってしまった…)と思ったところへ折悪しく弟がやってきてそれが見つかってしまいました。

「あ~あ、やった!やった!おんちゃん(お兄ちゃん)が壊した~」

 鬼の首を取ったように親に言いつけに走る弟。

 私の方はやってしまったことに反省と後悔です。


      ◆


 渡しの記憶はそこで途絶えていて、その後どんな形で場が収まったのかは覚えていません。

 祖父母からは「もう仕方ないよ、いいよ」という慰めの言葉をかけられたことは覚えています。

 しかし私とするとなんとも申し訳ないのと恥ずかしいのとで、翌年から何年か祖父母の家に行くことができなくなりました。

 いわゆる心が折れたトラウマ状態になったのだと思いますが、祖父母に顔向けできない気持ちが強くて祖父母の家に行けなかったのです。

 そこから先は自分が父の転勤に連れられて旭川の学校へ転校したこともあってやはり祖父母の家にはいかない年が続き、ようやく大学生になった時に久しぶりに祖父母の家を訪ねることができました。

 特に祖父は私が大学に合格したことをとても喜んでくれたので、この間訪ねることがなかったことを申し訳なく思ったことを思い出します。

 しかし子供心に生じたトラウマはその傷が癒えるまでに随分と時間がかかったのでした。

 その後祖父母はほどなくして天に召されました。

 家も人手に渡り、元の家の周辺の風景はすっかり変わってしまいました。

 家から国道に出たところに交番があってそれは今でもその場所にあるので、たまに国道を車で通りかかったりしたときは、(ああ、この後ろに祖父母の家があったなあ)と当時の記憶が蘇ります。

 子供時代の夏休みのほろ苦い思い出です。
 

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墓参りで親の衰えを知る

2022-08-16 23:52:51 | Weblog


   【昨年の両親】

 

 今日まで夏休みとして、先週木曜日からの6連休としました。

 この間に市内の墓参りを予定しました。

 老いた両親は近くに住む弟が車で迎えに行き、私の方はやはり近くに住む娘夫婦と孫の家族を迎えに行ってお墓のところで現地集合です。

 以前ならお参りの後には集まった親族一同で食事会の一つもしたものですが、コロナ蔓延を受けて今年はお参りの時だけ現地集合をして、その後は特にイベントもなく別れるという形です。

 総勢は13人でしたが、こんな形で会うのも年に数回のこと。

 私自身もコロナのために両親のところへ会いに行くのが憚られ、久しぶりの対面となりました。

「変わりはないですか」と訊くと、「市役所の介護認定審査を受けてさ、私もお父さんも要支援1だってさ」とのこと。

 89歳の母は、さすがに足腰が衰えてきて歩きにくい様子。

 普段の買い物は自宅まで配達してくれるサービスで調達し、どうしても欲しいものは時々来る弟の車で買い物に行って用事を済ませています。

 ただ弟も月に1度くらいの訪問なので、ちょっと欲しいというものがなかなか買えないもどかしさがあるようす。

「困ったら僕の方にも声をかけてよ」とは言うのですが、「いやあ、あんたのところは遠いからさ、簡単に頼めないよ」と遠慮してしまいます。

「車で行くからいいんだって」と言っても「はいはい」と受け流されてしまいます。

「要支援1でさ、負担割合がお父さんは2割で私は1割。お父さんは年金収入があるから少し高いんだって。でもこれで買い物を手伝ってもらえるよ」



  【今年の両親】

 
 墓参りの時に、昨年は母だけが杖を突いてやってきましたが、今年は足腰だけは丈夫と自慢していた父も杖を突いていました。

 やはり90歳の声を聞くようになって、年ごとの老親の衰えを再認識する墓参りとなりました。

 動画の撮影も貴重なシーンになってゆきます。

 

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私を見て突然泣いた孫

2022-08-15 23:04:51 | Weblog

 

 朝本を読んでいると、目が覚めた孫が起きて部屋から出てきました。

 1歳になった孫は普段ならそのまま私のところへ来て抱っこをせがむのです。

 ところが今日は近くまで来たところで止まってそこから近づいてこようとしません。

(あれ?どうしたのかな?)

「×××~(孫の名前)?おいで~」

 そう言っても孫は私から視線を外すと私の方を見ようとしません。

 孫がこういう態度をとるときはお気に召さない何かがあるのです。

 先日旅行先で猿回しの見世物があって、それを見せようと思って孫を抱っこをして近づいて行きました。

 お猿さんがペットボトルの栓を口でこじ開けてごくごく飲む芸で見物人から拍手を受けていました。

「×××~、お猿さんだよー」

 ところが抱っこしていた孫は芸をしている場所の反対の方を見て芸を見ようとしません。

 体を入れ替えて芸が見えるように動くとまた視線を外します。

 見ているとお猿さんを見ようとしていないことに気がつきました。

(なるほど、お猿さんがいやなんだ)

 お猿さんが怖いのか、とにかく見ることがいやだということを態度で示した孫でした。

 
 ちょうどそんな感じが本を読んでいた私を見た孫の所作から伺えました。

(あれ~?)

 普段はもっと嬉しそうに私のところへ寄ってくる孫なのに今日はそれを拒否している感じ。

(ははあ…)

 はたと気がついたのは私が本を読むのに普段はかけないメガネをかけていたことです。

 眼鏡をはずして孫を呼ぶと今度はてきめんに嬉しそうにやってきました。

 もう少しで抱っこの手が届くというところでまたメガネをかけてみると、突然顔をくしゃくしゃにして「うわーん」と泣き出しました。やはりメガネが原因でした。

「あれー、メガネなんて私もかけているでしょう」と娘が笑いながらとりなしてもダメ。

 普段はメガネをかけていない私がメガネをかけている姿は孫にとっては見慣れない恐怖の対象だったようです。

     ◆

 思い出すのは妹が2~3歳の時に母方の祖父母のところへお盆に遊びに行った時のこと。

 祖母がなにやら話をしていて突然入れ歯を外したのです。

 それを見た妹は「ぎゃー!」と声を出して泣き出して祖母の前から逃げ出しました。

 私は別に何ともなかったのですが、歯が外れる人なんて見たことがなかった妹には大ショックだったに違いありません。

 今まで見たことのない初めての姿を安全と認識するには子供心に時間がかかるようです。

 私の場合はメガネをかけたり外したりすれば慣れてくれるでしょうか。

 普段メガネをかけていないからどうしたものか。

 お願い、泣かないでー 

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摘んだブルーベリーを食べられるように

2022-08-14 22:45:35 | Weblog

 

 先日十勝の友人宅で収穫させてもらったブルーベリーを処理します。

 ブルーベリー摘みと言っても、枝から熟した実をバラバラと下に置いた段ボールに落としただけのワイルドな収穫方法。

 段ボールに貯めたブルーベリーの身ですが、小さな葉っぱや草の切れ端、小枝あるいは未熟な実などが混じっています。

 スムージーやジャムにして美味しくいただくためには、ゴミを除去して実も水洗いをします。

 大きなボウルにブルーベリーを入れて、少しずつ水を溢れさせればかなりのゴミが流れ出てゆきます。

 あとは手作業で見えるごみを取り除きました。

 水洗いしたものは新聞紙の上に広げて軽く乾燥させます。

 乾いたら一度に食べる分をジップロックなどに入れて冷凍しておきます。

 食べるときは、食べる分だけを取り出して解凍して使います。

 友人宅では、朝にブルーベリーと牛乳とハチミツなどの甘味を入れてミキサーにかけたスムージーをごちそうしてくれましたが、朝飲むのには爽やかで目が覚めます。

 問題はこれだけを冷凍しておくだけのスペースが我が家の冷蔵庫にあるかどうかです。

 農産物でも魚でも獲れたら獲れたで保存しておくスペースを考えないといけませんね。

 ブルーベリーを食べると目が良くなるって本当なのかな。

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料理が出てくるのをどれくらいなら待てますか?

2022-08-13 23:06:26 | Weblog

 

 二泊三日の楽しい十勝への旅を終えて札幌へと戻ってきました。

 最後に帯広で昼食を食べようという事になり、「何がいい?」と訊くと妻と娘は「豚丼!」と言います。

 私は豚丼よりは美味しい天丼が食べたいと思い、美味しい豚丼と美味しい天丼が食べられるところで検索したところ、帯広市中心部の「はげ天」さんがよかろうという事に。

 昼前に到着した「はげ天」さんには炎天下の中、食事の順番を待つ列ができていました。

 素直に列の後ろに並んで待つこと10分、ようやく私たちに声がかかって席へ案内されました。

 妻と娘は予定通り豚丼を、私は状天丼を頼みます。

 注文が終わってテーブルを見渡すと店内で通じるWifiの使い方が書かれていました。

 説明に従ってアドレスにアクセスすると利用者の登録が求められ、その手順を追っていると…、「お待ちどうさまでした、豚丼でーす」と実感として3分くらいで豚丼が二つ出てきました。

(早い!)

 まだWifiの登録も終えておらず、ネットニュース一つ見ることができぬままにもう注文の品が届きました。

 さらにそれから間髪を入れずに私が頼んだ上天丼も出来上がってきました。

 とても頼んでから天ぷらを揚げていたとは思えない速さですが、天ぷらはしっかりと良い加減でからりと揚がっています。

「早いね、もう出来上がる感覚で作っているのかな」

 妻と娘も出来上がりの速さに驚いています。

 豚丼の味もしっかりしているようで、私の上天丼は「さすがは専門店!」とうなる美味しさです。

 料理の味に加えて出てくる早さにも満足のお店でした。


     ◆


 実は昨日、十勝のあるピザ屋さんへ入ったのですが、ここがまあ随分と待たされました。

 本格的な窯焼きピザで、味は折り紙付きなのですがご店主が一人で切り盛りしているとのことで、まずお店の入り口の紙に名前と電話番号を書き記すと、呼ばれる連絡を車の中で待つことにします。

 そこから待つことなんと2時間。

「待つから早く行って並んでいる方が良いですよ」とは言われていたものの、行ったときにはもう10台くらいの車が敷地の中に止まっていて、もうだいぶ後手に回った感がありました。

 しかしそれにしても2時間待つとは思いませんでした。

 結局食べ終わったのはこちらに着いてから3時間後のことで、お昼を食べるのに3時間とは、と家族で苦笑い。

 お持ち帰りにすれば全体の順番が少し早まるのかもしれませんが、焼き立てを美味しくいただくとなるとやはり店内で出来立てを食べたいと思うお客さんが多いのでしょう。

 この「ピザ3時間待った」という前日の思いに比べて今日の豚丼と天丼はまあ早かった、その対比が面白いと思いました。

 「はげ天」さんの方はホール従業員が男性女性合わせて10人くらいいることもあって、席の案内から注文受け、配膳とてきぱきと流れが進みます。

 料理の出来上がりが早いことも加えて回転も実に良い感じ。

 味の美味しさに加えて待ち時間を少なくするということも評判に繋がるのだろうな、と思った次第。

 ピザの方も本格的なピザが美味しくいただけたという点では大満足だっただけに、待ち時間の長さは次に行くのかどうするかを悩んでしまいますす。
  

 皆さんは本当に美味しい評判の料理って、どれくらいなら待てますか?

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十勝の町の花火大会 ~ 夏休みはブルーベリー摘みもね

2022-08-12 22:06:34 | Weblog

 

 昨日から夏休みで十勝に来ています。

 知人の家に植えてあるブルーベリーの収穫がシーズン末期だというので、ブルーベリー摘みをさせてもらおうという十勝旅。

 この時期のブルーベリーって、熟して黒くなった粒を一つ一つ摘むというよりは、熟した粒が数粒ほどひと房になって固まっているところをバラバラ落とすだけという感じ。

 全然穏やかな果実摘みという感じではありません。

 下にスイカの入っていた段ボールを置いて、ベリーをどんどん落としてそれを受け止めるのがブルーベリー摘み。

 しかもアブややぶ蚊が襲ってくるのを避けるため頭と胴体に袖の着いたに半身タイプ防虫ネットを借りて着るので実に変な格好で作業をしています。

 結局30分くらいでスイカの段ボールに8割くらい程採れて、それをもらって帰ってきました。

 ブルーベリーを摘ませてくれた知人は、ブルーベリーとバナナやハチミツと牛乳を入れてミキサーにかけるスムージーがお勧めと言っていました。

 実際飲ませてもらうと爽やかで惜しくてすっと飲めちゃいます。

 ブルーベリーの収穫最終盤のシーズンに間に合いました。


     ◆


 こちらには2泊する予定でしたが、実は昨日は地元の花火大会の予定でした。

 それが夜には雨という予報を受けて花火大会は今日の夜に順延されたとのこと。

 夜7時半から始まる花火は、近くの公園で打ち上げられ近在の住民の皆さんが三々五々集まってきています。

 打ち上げ会場がちょうど泊まった場所のすぐ近くだったので家族とともに打ち上げ場所にできるだけ近づいたところで見上げるように花火を楽しむことができました。

 破裂するときの音が腹に響いて心地よい感じ。

 地域の夏祭りの花火大会ってシンプルだけど親しみがあって、長岡のような豪快な花火とはまた違う魅力がありますね。

 思わぬ形で地域のお祭りの花火大会を楽しむことができました。

 あとは釣りですが、できるかなー.

 

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当世オートキャンプ事情 ~ コロナ下で人気のアクティビティ

2022-08-10 21:34:28 | Weblog

 

 先日オートキャンプ場について長く調査研究をしていた友人と会って話を聞きました。

 オートキャンプと言えば、最近はコロナ対応で外でのアクティビティが人気となり、オートキャンプ人気も上昇中。

 またグランピングと言う贅沢な道具や環境を楽しむ新しいキャンプのスタイルが流行しつつあって、道内にも各地にグランピングが楽しめるキャンプ場が誕生しています。

 そしさらには、従来のオートキャンプとはちょっと違うものの車で寝泊まりをするという楽しみ方が増えています。

 こちらは高価で豪華なキャンピングカーを筆頭に、ワンボックスカー(=バン)を改造(=コンバージョン)した「バンコン」、普通のミニバンで寝泊まりをする車中泊、さらにはサイズの小さな軽自動車でも改造して中で大人二人くらいが寝泊まりできるような軽キャンピングカーも登場して、様々なバリエーションが登場しています。

 車中泊での過ごし方も様々で、旅行先で1~2泊を泊まって帰ってくるものから、日本中を何か月も移動しながら、あるいは気に入ったところでは長逗留をするような放浪の旅スタイルもあります。

 
 車中泊に関してはその一方で、道の駅など公共の駐車場に停めて夜泊まるという利用の仕方は当初は想定していないということで、トラブルと悩みの種になっているところがあります。

 最近では車中泊という楽しみ方をニーズと受け止めて、場所や電源などのサービスを管理者側がコントロールするRVパークという施設が誕生しています。

 新しい楽しみ方は「想定していない」という理由で禁止するような方向ではなく、新しい時代のニーズなのだと考えて、どうしたらトラブルを回避して皆がハッピーになるかという方向に知恵を使ってほしいものです。


    ◆

 
 さて、オートキャンプ場に詳しい友人と話をしていると、「今までは自治体などが公共で整備したオートキャンプ場が主流だったけれど、あるときから民間の人たちが自分たちの敷地をオートキャンプ場として提供することが流行りだした」と言っていました。

 公共がやると施設整備や給排水設備、道路舗装、管理等の建設など結構な費用が掛かりますが、民間が整備するとかなりワイルドでもOKだしレイアウトやサービス水準も自由な発想で運営ができそうです。

 ただ民間でオートキャンプ場を経営するとなると、一泊で取れる利用料には限界があるので収支を合わせるのがなかなか難しいよう。

 先駆的なところでもキャンプ場運営のみならず他の事業で収入を得て全体の帳尻を合わせているところが多いとか。

 しかし最近は大手の企業がグランピングという形で高価格の利用料を狙える施設が増えています。

 友人は「僕は飲食やお風呂も提供できるようなホテルが隣接するような立地でのグランピングに可能性を感じるけどね」と言っていました。

 確かに高級なキャンプ場となると、飲食サービスとの連携は一つのカギになりそうです。

 

 またコロナの影響について意見交換をしました。

 友人は「実は道内のオートキャンプって結構外国からのインバウンドの利用も多かった」のだと教えてくれました。

「ただほとんどは台湾からのインバウンドの利用でしたがね。ただ台湾から道内へ来てキャンプをするとなるとかなり意識レベルや収入もレベルの高い人たちが多かった。またそういう人たちはもう世界中を旅しているような暮らしぶりで、それを踏まえた人たちが北海道のアウトドアは良い、と評価してくれていた、ということは印象的でしたね」

 またそういう人たちはシュラフなど身近な道具は自分たちの者を持参して、足りないものはレンタルと組み合わせた楽しみ方もしていたのだとか。


 コロナでそうしたインバウンドが激減した影響は大きく、コロナ終息後にもしっかりしたサービスを提供できるような準備をしておいてほしいものです。

 
 ところで件の友人に「最近はキャンプに行ってますか?」と訊くと、「それがさあ、母親に物置の整理をされて大事なテントの骨組みを捨てられちゃってさ。テントが張れなくなってちょっと気落ちして行っていないのよ」とのこと。

 趣味の活動って、ひと度おっくうになると足が遠のいてしまいそうです。

 少しでも継続できるように健康と体力と好奇心を持ち続けていたいものですね。

 新しい車が来たら車中泊もしたいところなのですが…。
 

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新しい湯沸かし器がようやく入荷したという知らせを受けて ~ 需要と供給の変化が急がれる

2022-08-09 22:28:42 | Weblog

 

 家を建ててから一度も交換していない瞬間湯沸かし器。

 もう20年になるのを前に、特に不具合があるわけではないけれどもう交換の時期と見定めて、1月に変わりの湯沸かし器を注文しました。

 その時点ですでに半導体不足から湯沸かし器の納入が遅れていることは分かっていて、頼んだ燃料店からも「ちょっといつになったら入荷するかわからないのですが」と言われていたもの。

 それがようやく今日になって「ご注文の器具が入荷しました。交換のご希望日をお伝えください」という連絡があったのだそう。

 1月に注文して8月半ばか…。随分とモノが動くのに時間がかかる時代になってしまいました。

 2月末に買い替えで注文した車も契約当時で「納車はお盆過ぎになると思います」と言われていたのが、今では「10月頃かと」に先延ばしになっている様子。

 注文すればすぐにモノが手に入る時代はもう終わったのかな。

 
    ◆


 先日読んだ経済の本で、「需要と供給のバランス」に触れた個所がありました。

 そこでは、日本のデフレは「ちょっと景気が良くなってもまたすぐに腰折れするのではないか」という"不信感がぬぐえないのだ"と指摘していました。

 経済が上向かないのは、やはり需要不足で供給過多という状況が続いているから。

 しかし需要の変化は進みつつあり、これからの時代に求められる、DX時代に向けた情報機器やデジタル素材、SDGs時代に向けた省エネや創エネ資材、高齢化時代を受け止める住宅や医療資源などの需要は増している。

 それなのに、そういう新しい需要に対する供給増加はおっとりしていて、逆にもうこれからの時代には不要になりかけている工業製品や資材などが作っても売れなくて余る時代になっているのだと。

 車だって、電気自動車(EV)の時代になればエンジン回りの部品などは需要が減ってゆくはず。

 だから供給は新しい需要を受け止めて供給できるように変化しなくてはならないはずなのに、総需要刺激などといって古い供給元をも生き延びさせるような財政運営をしてしまうので、供給面での変化が遅いというのです。

 それって、古い供給元である企業や工場には撤退しなさいと言っているのと同じことなので、企業城下町の衰退や従業員たちの失職など経済環境の変化は地域の社会問題になることでしょう。

 実際に供給元が体制を時代に合わせようとして変化しようとすると、地元からは「工場を残せ」「この町を見捨てるのか」といった反応が返ってくることも多いはず。

 企業はそれに「雇用は継続します」などといった優しい対応をするところも多いので、本来は労働力がもっと欲しい新しい企業活動に人材が振り向けられないということもあることでしょう。

 そしてそのカギは古い職場のノウハウしかない労働者を新しい需要に振り向けるような学びなおし=リカレント教育なのだと。

 これって新しいスキルを身に着けた労働者は勝ち組で、古い技術しか持っていない労働者は負け組といった単純な図式ではなく、それをちゃんと新しい時代に振り向ける社会的な取り組みが必要だということ。

 労働者の数、労働者の権利、雇用のミスマッチ、リカレント教育など、さまざまに言われている現代の課題は変化をもう少し急がないと、日本はどんどん取り残されていきかねないというギリギリの状況なのかもしれません。

 もちろん今あるものを維持管理してゆくことは大切ですが、それもまた必要性に応じては手放してゆかなくてはならないものも多いはずです。

 変化を先取りして、これからの時代を作り上げることに参画してゆきましょう。

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