蔵くら日記

人生最後の数年を田舎暮らしで。2004年4月、実現のための行動開始!それは思わぬ展開でスタート・・。今では安曇野三昧

『2月4日疎水百選』拾ケ堰その後

2006年02月09日 | 安曇野とその周辺
朝6時の外気温-4℃、12時現在も0℃ですがです

拾ケ堰について田沢橋西の「安曇野農業水利事業所]」で説明を聞きました。
今年の3月で安曇野の排水設備事業は終わります。
『のどかな原風景の残る拾ケ堰』の発見はできませんでした。結論から言うともうないのです。
しかし原風景から大きくはずれない努力と知恵で整備してきたと、制作パンフは訴える。

堰は拾ケ堰だけではない。
立田堰ほか平安から鎌倉時代に築かれ、新田堰・矢原堰も拾ケ堰の前に出来ており、
いずれも現在も現役である。
これら堰は1000年にわたり需要する農家の負担でそれぞれの土地改良区という組織で、
営々と維持管理されてきていることを初めて知りました。

台風や洪水による堰からの溢れた水で田畑や家屋を壊してきた歴史から、
安曇野を守る為の水利事業が、まもなく終わろうとしている
安曇野農業水利事業(農林水産省と一部県)だそうです。
その施策に国や県と土地改良区との軋轢は無かったのか?と心配する。
よそもんの私が、漬物石(みたいな)を積み、サイクリングロードが走り鉄柵を設けて・・・
などと感傷ごとを言うのは憚られる。
う~ん。。。。水路に人が落ちたら誰が責任をとるのかという発想にも見える。

写真左:農林水産省 関東農政局安曇野農業水利事業所発行のパンフ
護岸施工・景観に配慮した用排水兼用水路など工法の説明と、施工前後の比較写真などを掲載
写真右:平成12年発行の20ページのパンフ。堰の歴史や偉業を紹介(発行は同水利事業所)

右写真が今も変わらぬ風景であることを願ってロケ探しに行きます

農業・生活形態の変貌、林業の衰退にともなう山林の荒廃、農地転用による住宅開発、
商工業地域化などさまざまな水使用形態の変化がもたらす影響もあろう。
とにもかくにも排水機能をもつ水利事業はひとつの役目が終了するのである
これからも安曇野の財産である平野、水、山、風、森、空を大切に見守り続けたい
「拾ケ堰応援隊」なる住民参加組織の設立が予定されているらしい

写真:最近撮影の万水川(わさび田へ続く川)
地元の方の話では荻原碌山が住んでいた頃に比べると、最近は汚れてきたそうです
コメント
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