星のひとかけ

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『ジェニーの肖像』 翻訳のはなし

2016-12-22 | 文学にまつわるあれこれ(妖精の島)
何かに誘われるように自分にプレゼントしてしまった レコードプレイヤーのおかげで、 しばし夢中に遊んでしまいました・・・ そろそろ本筋へ戻さないと、 年越してしまいます・・・

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15日に書きました、 『ジェニーの肖像』について・・・

翻訳のことを ちょっとだけ書いておきましょう。

以下は、『ジェニーの肖像』の冒頭の部分、、 まずは ロバート・ネイサンの原文から


There is such a thing as hunger for more than food and that was the hunger I fed on. I was poor; my work unknown...(略)

When I talk about trouble, I am not talking about cold and hunger. There is another kind of suffering for the artist which is worse than anything a winter, or poverty, can do; it is more like a winter of the mind, in which the life of his genius, the living sap of his work, seems frozen and motionless, caught ― perhaps forever ― in a season of death; and who knows if spring will ever come again to set it free?


、、 何度か読んでみましたが、 ひとつひとつの単語はそんなに難しくはないのに、 日本語にしようとすると なんだかすごく難しそう、、 勿論 わたしの英語レベルが中高生レベルなせいもありますが…

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次は、 創元推理文庫 大友香奈子 訳 から、、


 食べ物にたいするよりもっとひどい飢えというのがあるもので、その飢えを糧にしてぼくは生きていた。ぼくは貧しく、ぼくの作品は全く知られていなかった。・・・(略)

 悩みについて語るとき、ぼくは寒さや空腹のことを言っているのではない。芸術家にとってはまたべつの苦しみがあり、冬や貧乏がもたらすものより始末が悪いのである。それは心の冬とでもいうべきもので、そのなかでは芸術家の才能の源や、作品のはつらつとした生命力などは凍りついて動かなくなり―-もしかすると永久に――-死の季節に捉えられてしまったのだろうかと思えてくる。いつかまた春が来て、自由になれるかどうかなんて、だれにもわからない。

 ***

次は、 ハヤカワ文庫 井上一夫 訳から、、


 飢えのようなものだが、食物に対する飢えよりももっと激しいものがある。 わたしが悩んでいたのはそういう飢えだった。もちろん、わたしは貧しかったし、わたしの絵は知られていなかった・・・(略)

 わたしが悩んでいたのは、寒さや空腹ではない。芸術にたずさわるものにとっては、もっと違った種類の苦しみがあるのだ。冬だとか、貧乏などによる苦痛よりももっとひどい苦しみである。それは心のなかの冬とでもいうようなもので、そこでは才能の生命や制作の生気が凍えついてしまうらしい。この死の季節に永久にとらえられてしまったようで、解き放してくれる春が来るとはだれが知ろう。

 ***

次は、 偕成社文庫  山室静 訳から、、


 飢えというものには、ものを食べないための飢えよりもひどいのがある。そして、それがわたしにとりついていた飢えであった。わたしは貧しく、わたしの仕事は、世間からみとめられなかった・・・(略)

 わたしが苦しんでいるというときには、寒さや飢えのことをいっているのではない。芸術家にとっては、冬や貧乏があたえるものよりもちがった種類の、もっとたちのわるい悩みがある。それはむしろ心の冬に似ている。そういうときには、芸術家の才能のいのちが、芸術家の作品の生命の汁液が、こおりついてはたらかなくなり、死の季節にとらえられているかのように思われるのだ――-おそらくは永遠に。しかも、春がまたいつかやってきて、その氷をとかしてくれるかどうかは、だれにもわからないことなのだ。

 ***

最後の 山室さん訳の偕成社文庫は 青少年向けの文庫なので、 解説にも書かれていますが、 「少年少女諸君にも、多少読みよい文体にあらためて」… と、文体が変更されているようです。 もともとの、 第二次大戦直後に出版されたときの最初の訳も 読んでみたい気がしますが・・・

、、 それはともかく、、

もともとの ネイサンの文体をどう捉えたら良いでしょう。。 山室さんも書かれていたことですが、 私も なんだか 「散文詩」的な印象を受けました。 「詩」のようだと、、

、、 おそらく この「文体」も含めて、 読む人は この青年画家がどんな人となりで、 どんなことに心を痛める人物なのか、、 そして 彼が 「心の冬」と呼んで苦しんでいるものが 一体どのようなこと、、 どんな芸術のあり方を彼は求めているのか、、 そんな点までも読者は感じ取ることになるんじゃないかしら? と思います。

、、翻訳って ほんとうに難しい。。 論文とか、 トリセツのような、 「正確さ」だけが重要なのではないもの。。。 とりわけ、 この本のように ファンタジックな、 現実を超えたところに真実を求めるような、、 そして 情景のそこかしこに「詩情」が込められている文学には・・・。


ともかく、、

『ジェニーの肖像』・・・ 青年画家の 凍てついていた芸術の心を溶かしてくれる少女の物語。 、、いつまでも 胸に残るお話、、

、、(あくまで私的な好みでなら、、) また読み返すとしたら、 やっぱり 山室訳かなぁ、、。 日本にムーミンを紹介してくださった山室さんの、 この作品を愛する「心」がみえる訳文だと思うから。。

 
・・・あ、、そうだ
ナット・キング・コールの歌う 「ジェニーの肖像」という歌があります。 映画で使われたのかな?

Nat King Cole - Portrait of Jennie (Capitol Records 1948)

、、わぁ、、 このジェニーは…  大人過ぎません?(笑)


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