love


神奈川県の西部にある「小さな町」で暮らす私.
日々の出来事、見たこと、感じたこと、思ったことを綴っていきます。

満場一致でしたか?(笑)

2008-12-13 | インポート
「harusanを人権擁護委員として法務省に推薦することが、議会で承認されました」と、役所から連絡がありました。

先月、写真を添付した履歴書と人権擁護委員としての抱負みたいなものも書いて提出したんです。

これで、来年4月の新年度から「人権擁護委員」としての活動がスタートするのですが、その前に「法務大臣より委嘱状」が与えられるとのこと・・・。
結構仰々しい手続きがいるんですね(苦笑)。

私は20年以上前から「国際交流活動」をライフワークとして来ました。
「県の国際交流協会にホームステイ受け入れ家庭として登録」
「民間の交際交流団体を立ち上げ、町民と外国人留学生・研修生との交流の場つくり」
「国際交流ラウンジのボランティア管理者」
「外国人への日本語指導ボランティア」
「国際理解教育コーディネーター」
こんな様々なボランティアを通じて痛切に感じたことは・・・、

「肌の色や髪の毛の色、目の色に違いによる差別」
「英語圏以外の外国人への差別」
「文化や週間の違いを認めない心」

こんな「偏見」とも言える考えや行動に心を痛めることがしばしばでした。
そんな「差別」や「偏見」をなくすための活動をしていくことで私の人権擁護委員としての役割の一部でも果たせれば・・・と思っています。

わたしたちは、皆「地球人」~~というのが私の考え方です。
どこに住んでいようと、どんな言葉を話そうと、「地球人」という共通の人間です!

悲しいかな、まだまだ外国人に対しての「偏見」とも呼べる考え方の方が多くいます。
そんな人たちが一人づつでも少なくなっていって、世界中の人たちが「皆友達」「皆家族」の気持ち
を持ってくれる日が一日も早く来て欲しい~~と願っています!

そうそう・・・役所の係りの方に聞くのを忘れましたが~~、
「議会では満場一致で承認されたのでしょうか?」~~~きゃははは

中欧周遊記~~⑲

2008-12-13 | 旅行記

「Berlin」。。。その②

「トポグラフィー・オブ・テラー」

2008_11250076961年8月13日、突然東側が築いた高さ4m、全長155kmにおよぶ「ベルリンの壁」は、以後28年間二つの世界を持つ都市を形成してきました。

1989年、壁は壊され撤去されましたが、その壁の一部を「元ゲシュタボ本部」「ナチス親衛隊本部」のあった地に残し2008_11250075「野外博物館」として多くの人たちが見れるようにしてあります。

また、ゲシュタボ本部の地下室の一部が掘り出され、そこにナチス親衛隊の支配下の元で、抑圧され悲惨な目に2008_11250066あった多くの犠牲者の様子が描かれた写真や絵が展示されている場所でもあります。

→上の塀のような部分が「残されている壁」です。2008_11250063

現在ベルリン市内の壁のあった跡地は「石跡」で線のように残されています 。

この写真の壁の側には、道路に「プレート」がはまっていました。

たくさんの人々が、言葉も無く食い入るように見つめているのが印象的でした。

ドイツ語、フランス語、英語のみの説明でしたので、よく分からない部分もありましたが・・・写真だけでもショックでした!

「ジャンダルメン広場」

ベルリン市内でも「一番美しい広場」だとガイドさんが言っていましたが・・・ちょうどクリスマス2008_11250081 マーケットの準備中で、まるで「工事現場」!(笑)

広場の中に入ることができず、「オペラパレス」も「ドイツ大聖堂もフランス大聖堂」も「全容」を見ることができませんでした(涙)。2008_11250091

この2008_11250079クリスマスマーケットは、11月下旬から12月25日まで開かれるのですが、その間は「有料」だそうです!お見せを見て歩くだけでもお金を払わないと駄目ってすごい~~!

それにその混雑度は想像以上らしいです! 2008_11250099

ヨーロッパの都市で、過去にも今回の旅でもいくつかのクリスマスマーケットを観ましたが、「有料」も初めてなら、「テントの三角屋根の星型」もめずらしい~~♪

とっても可愛かったです~~♪


ハーバーサイドクリスマス~~♪

2008-12-12 | インポート
今朝は暖かくて風もなく気持ちが良かったので、「暮の大掃除も障子張りも年賀状作り」も放り出して(笑)、「ミッキーマジック」にかかりに行ってきました~~♪
「TDS」の「ハーバーサイドクリスマス」を思いっきり楽しんできました~~♪

パークへ到着後一番に大好きな「ミスティックリズム」へGO~~~~♪
例のごとく「すべての命の源という伝説の蝶」に「手のひら」に止まってもらって、「ラッキー~~♪」=笑

今のパークは、どこもクリスマスのデコレーションでとってもきれいなんです~~♪
「パークが一番輝くとき」と私は思ってます(笑)!

「オーバー・ザ・ウェイブ」
「ビッグバンドビート」
「レジェンド・オブ・ミシカ」
「リトル・クリスマス・ストーリー」
「ブラヴィッシーモ!」
「キャンドルライト・リフレクションズ」

と、ショーの追っかけをして~~~、パークの中のあちこちのデコレーションを見て回って~~~レストランでシュフのお進めセットを食べて~~~、
あっという間に時間が過ぎてしまったので、アトラクションは全てパスでした(笑)。

ミッキーやミニーちゃん、ドナルドやデイジー、チップ&デール、プルートにグーフィー~~皆の笑顔で元気がでました!
明日からの「暮の仕事」、ガンバリます~~~きゃははは




若いってすごい~~~!

2008-12-11 | インポート
甥が「仕事の帰り道なんだけど・・・」と我が家に寄りました。
ちょうど夕食の時間だったので「いっしょに食べましょう~~♪」

「お腹空いてるんだ!」と、パクパクパクパク~~~(笑)
気持ちの良いほどの食べっぷり~~~(笑)

突然のことでしたから、特別なお料理はありませんでしたが「マーボーなす」「春巻き」「大根とさつま揚げのうす煮」「小松菜のおひたし」「塩辛」で、ご飯を三杯も食べてくれました~~♪

「おばさん~~おいしいねぇ~~。
僕の好物ばかりだよ」って、お世辞も忘れずに言って喜ばせてくれました~~~きゃははは

彼はまだ22歳。
この食べっぷりは「若さ」の賜物なんでしょうね。
「若いってすごい!」


中欧周遊記~~⑱

2008-12-10 | 旅行記

「Berlin」。。。その①

ベルリンの歴史は比較的新しい。13世紀にシュプレー川を挟んでできた二つの町が一つになってベルリンになりましたが、町が発展したのは15世紀になって「ブランデンブルグ選帝侯国の首都になってからです。

1871年ドイツ帝国が誕生しプロイセン国王がドイツ皇帝になります。しかし第一次世界大戦で帝国は敗北・崩壊します。新たにワイマール共和国が誕生、1920年ベルリンは「黄金の年代」を迎え、学問、芸術、文化が栄えて近代工業やマスコミの中心となりました。

第二次世界大戦の敗北で、ベルリンは米英仏ソの4カ国の共同管理となりましたが、1946年の米英仏とソの対立から「ソ連に占領されていた東部は、東ドイツ」となって東西に分かれてしまったのです。2008_11250049

ベルリンもソ連管理下で東ドイツの首都になり「東ベルリン」となりました。

「西ベルリン」は西側三国管理のままで西ドイツ特別州となり、1961年に「2008_11250051東西の壁」が築かれ、ベルリンは二つの世界を持つ都市を形成してきたのです。  (→車窓からのベルリン市内の風景)

1980年代後半に東欧諸国で起きた民主化の波はドイツにも及び、19892008_11250055年11月「ベルリンの壁が解放」されました!

1990年10月に「東西ドイツ統一」がなされ、ベルリンは新しい年に生まれ代わり首都として機能し始めたのです。 2008_11250061 (以上、概要は実業之日本社発行のわがまま歩きツアーズのドイツ編より拝借しました)

戦後いち早く中心部を押さえたのがソ連軍。そのため歴史的に重要な部分は東ベルリン地区にあります。

ブランデンブルグ門」

2008_11250106 ベルリンも他の町と同じように中世は「市壁」で囲まれていました。その中で唯一現存するのがこのブランデンブルグ門です。

6本のドリス式円柱を持つアテネのアクロポリス神殿を模したものです。17912008_11250111年に完成しました。

門頭の馬車は古代の勝利の女神が乗る4頭立て二輪馬車「カドリガ」。

2008_11250116 2008_11250112 広場には「アメリカの軍人」「ソレンの軍人」の格好をしたパフォーマーがいます。

いっしょに写真を写すのは「有料」です~~(笑)。

2008_11250108 2008_11250117

2008_11250118 観光用の馬車もたくさんいました。

御者の衣裳もかっこいい~~♪

2008_11250109

→広場には「大きなモミの木」が用意されていました。

周りの人たちの身長は「日本人よりもず~っと高い!」その人たちの背の高さと比べてください。モミの木の高さ~~想像つきますよね!

クリスマスのイルミネーションが飾られるときれいなんでしょうね~~♪


継続は力なり~~~(笑)

2008-12-10 | インポート
小春日和の今日~~、
主人の「久々の運動」に御付き合いしました(笑)。
「私の散歩道」の途中にある「展望公園」には、「広い~~~芝生広場」があり、そこを、私は「運動公園」と呼んで、いつも走ったり、スクワット、スキップやバックランジ・・・様々なストレッチをしています。

昨日、ゴルフに行ってきて「肩が痛い」「上腕筋が痛い」と大騒ぎをしている主人(笑)。
「日頃の運動不足がたたっているのよ。いっしょに散歩しながら運動してきましょう~~」と誘い出したのです。

夏前までは「ゴルフの飛距離を出すためにパワーをつけたい!」と、ストレングストレーナーである愚息②が指導してくれたメニューに従って、ボチボチですが運動をしていたのに・・・いつの間にか「面倒くさい」と止めてしまったのです(笑)。

その結果・・・毎回ゴルフから帰って来る度に「なんで下手になっているんだろう・・・もうゴルフ止めた!」と言いながらも、毎月1~2回は楽しんでいます~~(苦笑)。

「今日からまた運動やストレッチを始めるぞ!」って宣言したんですが・・・続くかな?(笑)

何事も「継続する」ことが大切なんですよね。
継続すると必ず結果に繋がりますよね。
○○さん~~(主人のこと、いつも名前で呼んでます)頑張って~~♪

メダルチョコレート・・・買いたかった!

2008-12-09 | インポート
明日は「ノーベル賞の授賞式」ですね~~。
今年の日本人の受賞者の三人も、今ストックホルムに滞在中だそうで、連日関連ニュースが取り上げられています。

今日の夕刊に「益川さん、メダルチョコレートを600個、お土産にお買い上げ~~」と記事が載っていました(笑)。

あ~~っ~~~そのチョコレート~~~!
私も買いたかったのに~~!

昨年、ストックホルムの市庁舎を訪れたとき「ここでノーベル賞授賞式後の晩餐会が行われるのね~~♪」とブルーホールを見学しました。
そこでテーブルに置かれるという「本物のメダルそっくりのチョコレート」を見ました!
ノーベル賞博物館の売店のみで販売しているのですが、日曜日で売店がお休みだったんです・・・。
http://haru3.blog.ocn.ne.jp/love/2007/05/index.html

日本なら、「博物館がオープン」しているのですから「館内売店も当然オープン」ですよね?(笑)

それにしても、益川さんからチョコレートを頂ける方たち~~~いいなぁ~~(笑)。



中欧周遊記~~⑰

2008-12-09 | 旅行記

「Dresoden」

エルベの真珠」「エルベのフィレンツェ」といわれた、エルベ河畔の美しい古都が、ドイツのドレスデンです。2008_11230723

ここは「クリスマスツリー」の発祥の地」でもあるんですよ~~♪2008_11230769

そうそう、クリスマスのお菓子「シュトレン」もドレスデンが有名です! →

ゲーテもこの地で、エルベ川を眺めながらドレスデンを賞賛したそうです~~♪

18世紀に華やかなバロックの都に発展をし、絵画・音楽・建築面ではドイツ有数の芸術の町となったのですが、第二次世界大戦時の1945年2月13日の夜から14日未明にかけて連合軍による大空爆で町はすべて焼かれ灰と2008_11230737なりました・・・。

1990年の東西ドイツ統一後、それまで放置されていた教会やお城の修復が始まりました。中心部のエルベ河畔には、現在も工事中の場所が見られますが、旧市街はかつてのバロックの街並みがそのまま復元され、古都の優雅な姿を見ることができます。

「ツヴィンガー宮殿」

ドレスデンのシンボルとなっている宮殿。バロック建築の巨匠・ペッペルマンによって2008_11230739造られました。ツヴィンガーというのは「要塞」という意味なのですが、建築当時の選帝候は元々あった要塞を壊して「温室のオレンジ園」を造ろうとしたらしんですが・・・2008_11230737_2。完成したのは中庭を取り囲むようにしてパビリオンと回廊で繋がれたコロセアム風の建物でした。

広い中庭では演劇や騎馬試合も行われたそうです。今、内部は「美術館や博物館」になっています。

なかでも「アルテマイスター絵画館」にはレンブラントやルーペンス・・・数多くの有名2008_11230780な画家の絵が展示されています。

特に「ラファエロ」の「システィーナのマドンナ」は見逃せない!

2008_11230719

2008_11230732リュールのテラス」

エルベ川に沿って見晴台もようにバルコニーが建設されています。 ←この階段をあがります。

アウグスト三世の親友で芸術に秀でていたブリュー2008_11230728ル伯爵が1738年に造らせた憩いの庭園で、1814年から一般に解放され「ヨーロッパのバルコニー」と呼ばれるように、ここからのエルベ川の景観はとって2008_11230734も美しい~~♪

→ドレスデンの「初雪」の日に訪問しましたので、木々もこんな風に「雪化粧」・・・寒かったけど美しい風景でした~~♪

テラスから見た「新市街地」と「エルベ川」です。

ドレスデン城」

大戦2008_11230774でかなりの部分が焼失しましたが、アウグスト通りに面した馬小屋は損傷が少なく、馬小屋の外側に描かれた「アウグスト強権王」の「君主の行進」と題したタイルの壁画を今でもきれいに見ることができます。 2008_11230770

101mに及ぶ長さ、マイセン焼きのタイルが25000枚も使われいます! 2008_11230773

1200℃で焼かれたマイセン磁器なので、連合軍の空襲で城が炎上したときもこのタイル画だけは炎に耐えたのです!

「聖母教会」

ノイ2008_11230749マルクト広場にある聖母教会は11世紀に創建された由緒ある教会です。

18世2008_11230765紀に塔の高さが95mという大きなバロック様式に建替えられましたが、大戦で「瓦礫」と化しました。長い間そのまま、モニュメントとして残されていました。

1994年からの再建は、「すべての瓦礫に番号を貼り、2008_11230753整理し」世界最大のパズルと言われた作業を経て元の場所に戻されています。 2008_11230754

どうしても見つからない部分や無くなってしまった部分は、エルベ川の周辺で採れる石を使っていますので、「色の違い」がよく分かります。

内装も見事によみがえってすばらしいものです。

2008_11230709

←「ゼンパー・オーパー」

「 オペラハウス

」です。

毎年5月の下旬から6月上旬に開かれる「ドレスデン音楽祭」の会場としても有名です。ヨローッパ屈指の建物と言われる建築にも注目!

2008_11230714 2008_11230762

中欧の国々の町は、どこに行っても「マルクト」を中心に「宮殿」「教会」「オペラ座」があり、どれも豪華で荘厳でめを見張る建物ばかりでした。

当時の権力者達の「力の偉大さ」が想像以上のものであったことを改めて強く感じました!


繋がる安心~~~(笑)

2008-12-08 | インポート
愚息②より「パソコンが繋がりました~~」とメールが届きました!

「整備しなければならないインフラが他にもたくさんある所なのに、先にパソコンが繋がるとは(苦笑)・・・贅沢とは思いますが、とりあえず便利でほっとしてます。ただし停電はチョクチョク・・・」と・・・。

私も「ほっ~~」としました~~♪
これで「彼と繋がった!」「安心しました!」
フランス語での契約や設定に四苦八苦したようですが、とにかく良かった~~♪

彼が住むのは「アフリカ・セネガル」の首都「ダカール」から内陸に300kmほど入った「リンゲール県」という場所です。

先月、ベルリンから電話した時には、「水道」がないので、近くの病院の水をもらって生活してます・・」って言ってましたが・・・それもようやく引けたらしい・・・でも「お水は出っ放しです」らしい(苦笑)

トイレは外で囲いもなく・・・えぇぇっ~~~!!
もう見られても慣れたんでしょうか?(爆笑)

彼の家の写真も添付されてきました。
「想像以上に、普通でした~~」=笑
だって「バナナの葉や木の皮で屋根や壁が葺いてある家」を想像していましたから・・・(笑)
ちょっと失礼でしたね。

何はともあれ、序々に生活の場所も整備されつつあるようでほっとしてます。
身体に気をつけて頑張って活動してね~~!

中欧周遊記~~⑯

2008-12-08 | 旅行記

「MEISSEN」。。。その②

マルクト広場」

2008_11230633 2008_11230627観光案内所のある「町の中心」。日中は市がたち賑やかな場所です。2008_11230617

ステキな建物が並ぶ雰囲気のある街並みは散策するだけで楽しい~~♪

ちょうどクリスマスマーケットの準備中でした。

2008_11230637 2008_11230621広場の正面に立つのは「聖母教会」。この塔に吊るされている「カリヨン」は「マイセンの磁器」です~~~。さすがですね!

  毎正時に美しい音色で時を告げてくれます。ちょうど午前11時のカリヨンの音を聞くことができましたが・・・どの鐘がどうやって揺れているのかどうかは高すぎて見えませんでした(苦笑)。

アルブレヒト城」2008_11230585

その名前のアレブレヒト辺境伯によって建てられた15世紀後半のゴシック様式の建物です。

最初はこのお城の中に「磁器工場」があったんですよ!

「大聖堂」2008_11230639

2008_11230612 13世紀に建て始め15世紀末に完成した大聖堂です!

マルクと広場から10分ほどの距離のようですが、きれいなマイセンの街並みを散歩していたら時間が足りなくて行かれませんでした(苦笑)。

遠くから写真のみパチリ~~。2008_11230600

2008_11230626


感謝してま~~~す~~(笑)

2008-12-07 | インポート
いつものように、兄から「暮の贈り物」が届きました~~♪

「ありがとう~~」のお礼の電話を入れて、いろいろ話をしました。
私や二人の妹の様子、甥や姪の様子、我が家の様子、兄の健康や義姉の仕事のこと・・・。

兄だけがちょっと離れた場所に住んでいますので、私や妹たちとも会う機会が少ないのです。
(女三人のパワーに負けて恐れ多くて近寄れない?=爆笑)。
ですから電話で皆が元気で幸せに暮らしていることの確認をしてほっとしたらしい兄。

兄は、家長であることを意識してか、結婚して家を離れた「妹三人」のことを常に心配してくれて、いつも「何かあればすぐに相談するように」と言ってくれてもいます。

そんな兄に今まで大きな心配も迷惑もかけることなく過ごしてきた私たちは、本当に幸せかも・・・。
「俺の兄妹たちは、それぞれが暮らしに困ることなく日々を送って来て、子どもたちも立派に育て上げたことが嬉しいよ。それぞれのご主人が立派だからこそだよ。harusanは○○さん(主人の名前です)に感謝する気持ちを忘れてはいけないよ!」
と、言われてしまいました~~。

「は~~い、感謝してます~~(笑)」

中欧周遊記~~⑮

2008-12-07 | 旅行記

「MEISSEN」。。。その①

「青い剣の都」と呼ばれる世界に名高い「磁器の町」、マイセンは、以外に古い歴史を持っています。2008_11230685

(有名な磁器・マイセンの紋章=交差したブルーの剣からこう呼ばれます)

エルベ川の浅瀬近くの山に軍事拠点として城壁を造 ったのが始まりだそうです。でもマイセンが脚光を浴びるのは18世紀の初頭です。この町で「白磁器」が造られてからです!

世界の最高級品としてコレクターたちの熱い視線が向けられるマイセン磁器。

モチーフは草花や鳥、獅子や龍などで日本や中国の磁器と良く似たものもありますが、有名な2008_11230659のは「ブルー・オ2008_11230668ニオン」と呼ばれるコバルトブルーのタマネギ模様です。

2008_11230675 マイセンの工場には「見学コース」があり、型作り、絵入2008_11230682れ、色付け、仕上げ…熟練した職人の技を見ることができます。もちろん日本語のテープが流れています~(笑)。

2008_11230651

→「博物館入り口に置かれている馬」です。もちろんマイセンの青い剣模様~~♪

1709年に一人の錬金術師が「白磁」を焼くことに成功し、当時の王がこの製法が外にもれないように城内に磁器工場を造り、開発者を幽閉状態にしておいたとか・・・。2008_11230688

その後、1865年に工場はエルベの支流の河畔に移されて今に至っています。

この工場には「博物館」も併設されていて、器や置物などたくさんの名品2008_11230655を見ることができます。

2008_11230689れもため息が出るほどステキで・・・お値段を見て再びため息・・・(苦笑)。

2008_11230700マグカップくらいなら2~3万円で買えそうでしたので探したのですが・・・「デザインが気に入ると絵の色がもう一つ・・・」「「色がきれいで良かったのは持ち手が気に入らない・・←の物です」・・・結局買わずじまいで、今でも悔やんでいます(苦笑)。

正規品は高くて手が出なくても「セカンド品」という素人が見た限りでは判断がつかない傷や色ムラのあるお買い得商品コーナーもありましたので、デザインとかが気に入れば絶対にお得です!

2008_11230686 鮮やかな色の花模様が気に入って・・・買いたかったのですが・・・「どんなお料理を入れるんだ?」って、主人に言われたら・・・買えませんでした~~~きゃははは


生活防衛策のおかげ?(笑)

2008-12-06 | インポート
昨日か一昨日かの新聞広告で、「三つのスーパーで同じ品物を買い」レシートの合計で「どこが一番安いか」というのを、比較したのを見ました。

確か昨日の朝のTVの番組でもこれを取り上げていて「各店の値段を比べて賢い買い物を」と、放送していました。
新聞折込チラシなどを参考に、「この品はあそこの店」「これはあっちの店」と、「安い品物を求めて買物のはしご(?)をする」何人かの主婦のコメントも聞きました(苦笑)。

「一回の金額の違いは少なくても、一月、一年・・・と重なると大きい!」らんしいです~~。
わざわざ電車に乗っても買い物に行く・・という人もいました・・(苦笑)

主人に「我が家も年金暮らしだから、そうしなければ!」と言ったら「harusanの口からそんな言葉が出るとは思わなかった~~。挑戦したら~~」と笑われたので「よ~~し~~!」と、今日は頑張ることにしました!(笑)。

で~~、本日の成果は(笑)~、

「ビール」「お茶」についてです。

この二つを買うためにいつも利用しているスーパーやショッピングセンターは、大体車で3分~5分の範囲に7軒あります。
今までは、その時々の気分で買う「店舗」を決めていたのですが、今日は「価格のチェック」という目的で全部回ろうと思いました(笑)。

まずは一店目、
「ア○ヒ・スー○ード○イ・350ml24本入り」が4280円。
「お~~○、○茶・濃い味500ml」が83円。
いつも買うお茶は88円ですから「あれ、お茶が安いわ」と「一ケース」を買いました。

次の店、
「↑のビール」が4280円。
「↑のお茶」が88円。
やっぱりお茶は一番目のお見せで買って正解~~~(笑)。
ビールは同価格でした。

三番目の店、
「↑のお茶」は98円!高い!
「↑のビール」は4280円で同じ。
でも~~、「なんと景品つきお得カートン」と書かれたダンボール入りで、何かがついているのです!
よ~~っく見たら「250gのお餅」つきでした。それも残は「一箱のみ」!
価格が同じなら、これを買うべき~~と購入~~♪

というわけで、「生活防衛のための努力のかいがありました」~~きゃははは。

でもでも、結局三店しか見ませんでしたし、お買い物時間は、いつもの倍!
何も予定のない、時間のたっぷりある日だからこそ出来た方法ですね(笑)。

中欧周遊記~~⑭

2008-12-06 | 旅行記

「PRAHA」......その④

旧市街広場」

ヴルタヴァ側の右岸の古い地区が旧市街地です。朝から晩まで観光客が途絶えることなく、2008_11230528 ストリートパーフォーマや音楽家が芸を披露している賑やかな広場です。

1621年に反ハプスブルグ家のチェコ貴族が処刑されたり、1918年には国家独立を要求する市民のデモが行われたりと、チェコの歴史に深くかかわりを持った広場でもあります。

またゴシック・ルネサンス・バロック・ロココといくつもの時代の建物が並ぶ大きな広場で、観光馬車の乗り場にもなっています。

2008_11230523

「ヤン・フス像」→

国民に親しまれる英雄の像です。教会権力の腐敗を弾劾し宗教革命運動の先駆者となったためにローマ法王から破門され「火刑」になりました。

彼の没後500年を記念して1915年に建てられた像です。像の回りは多くの観光客の休憩所になっています~~。

聖サルヴァートル教会」

2008_11230516 イエズス教会の拠点として17世紀に建てられた建物があります。

この建物で高等教育や宗教などの分野を担っていましたが、18世紀に宗教分離が行われ、プラハの大学となりました。正面の「ファサードが美しい教会」がサルヴァートル教会です。

「旧市街庁舎」2008_11230531 2008_11230548

旧市街広場のシンボル的存在の「プラハ名物の天文時計」です~~→

この仕掛け時計は世界最古といわれています!

下の暦板は旧市街の紋章を真ん中にして回りを星座が取り囲み、さらに12ヶ月をボヘミアの農民の生活で表した絵が取り囲んでいます。

上の天文時計は地球を中心に太陽が回る「天動説」に基づいて造られ「年月日、時間、日の出、日の入り、月の出、月の入り」を表しています。

仕掛けの部分は、ガイコツ(死神)、楽器を持った男(煩悩)、鏡の青年(虚栄)、金袋を握った男(欲)をそれぞれ象徴しているといわれています。

その仕掛けは「9時から21時までの毎正時に動きますが、まず「ガイコツ」が縄を引いて小さな鐘をならし、左手の砂時計を逆さにします。

窓が開き、12人のキリストの弟子が登場。

一回りすると鶏が鳴いて鐘が時間を告げる。

この仕掛けの時間は「40秒」ほど!・・・あっという間ですから、時間前に待機していないと見逃します!

私がこの時計の前に立ったのは冷たい雨の夕暮れの5時・・・でもでもすごい人ごみでした!

「ティーン聖母教会」

2008_11230530 双頭が美しい教会です。

ロマネスク教会の跡地に建設され、宗教改革の時はフス派の重要な拠点として大きな役割を果たしました。高々とそびえる二つの尖塔にはさまれた三角屋根の中央には「純金の聖母マリア」様が輝いています~~♪

2008_11230539 2008_11230528_2 2008_11230537

→旧市街広場周辺の建物です。


t中欧周遊記~~⑬

2008-12-05 | 旅行記

「PRAHA」......その③

「カレル橋」

ヴルタヴァ川にかかる最も古い橋で、旧市街地とマラー・ストラナ地区、プラハ城を結ぶ道として昔から重要な役割を果たしてきました。2008_11230479

プラ2008_11230483ハ観光の中では、最もにんきのある場所で、昼夜を問わずたくさんの人で賑わっています。

幅の広い橋の上では「大道芸」や「音楽家」たちがパーフォーマンスを見せてくれますし、露天商たちも店を広げ、それを見る、買う人たちの交流もまた楽しいものです。

私が訪れた日は「冷たいみぞれの日」・・・傘をさした少しの観光客だけが寒そうに歩いていました(笑)。

お見せもビニールカバーをかけてお休み中・・・トホホ

カレル橋の名物と言われている「赤いベストを着て、蝶ネクタイ、麦わら帽子のおじさん」を見たかったのですが~~~残念!2008_11230488

この橋には「30もの聖人像」がありますが、これは橋建設当時にはなく、17世紀から20世紀にかけて次々と作られていったのだそうです。プラハ城側から橋を渡ると、左の欄干の八つ目の「聖ヤン・ネポムツキーの像」は、触ると幸運が訪れるということで人気があります!2008_11230495

この像の両脚は、数え切れない人の手に触られて「金色」に輝いていました~~♪

でもかなり背の高い像で、私は飛び上がってようやく触ってきました~~(笑)。

旧市街側の橋塔」

2008_11230508 カレル橋の旧市街地側の塔で、美しいゴシック様式です。

高さ約50mでヨーロッパ一の美しいゴシックの塔と言われています。外2008_11230509壁の紋章や守護聖人の聖像は14世紀のもの。かつては「鉄格子」の「遮断扉」がついており敵が攻めてきたときに降ろして町を守る役目も果たしていたようです。

→この橋塔を背に旧市街地を見た風景です。