絶叫上映で見たのだが、ノリながら「バーフバリ」みたいな大騒ぎにはならない。
基本リアリズムで歌舞伎みたいに大向うから声がかかるような間をあらかじめ作っておくような作りではないからだが、クライマックスのラップ大会のシーンは大いに盛り上がった。
白人たちがインドのスラムにステレオタイプなイメージを持って「観光」にやつて来るというのもずいぶんふざけた話だが、主人公がラップを知っているのを驚きながら見てみぬふりをしてスルーするのがまた腹立たしい。
怒りがラップの原動力になっているのは確かで、抑圧してくる外的な要因、極端な家父長制、身分制度の固定化などに怒りが向くだけでなく、それらに圧倒されて凝り固まり声が出せなくなっている自分と戦い、文字通り声を上げる瞬間がカタルシスになる。
恋人が医学部に進めるかもという一見恵まれた境遇のようで同じように親から見合いを強要されるといった具合に抑圧を受けていて、しかし二人でいると抑圧の暗さや鬱屈は自然と薄れる。
インド映画というとキスシーン御法度だと長らく聞いていたが、さすがにいまどき堂々とキスしているのを見せる。なんて言ったら今頃何を言ってるのかと言われるかもしれないが。
いとうせいこう監修による字幕はずいぶん苦心して日本語でも韻を踏むようにしているが、あまりそれを読み取ろうとすると画面が疎かになる。痛し痒しといったところ。
白人たちがインドのスラムにステレオタイプなイメージを持って「観光」にやつて来るというのもずいぶんふざけた話だが、主人公がラップを知っているのを驚きながら見てみぬふりをしてスルーするのがまた腹立たしい。
怒りがラップの原動力になっているのは確かで、抑圧してくる外的な要因、極端な家父長制、身分制度の固定化などに怒りが向くだけでなく、それらに圧倒されて凝り固まり声が出せなくなっている自分と戦い、文字通り声を上げる瞬間がカタルシスになる。
恋人が医学部に進めるかもという一見恵まれた境遇のようで同じように親から見合いを強要されるといった具合に抑圧を受けていて、しかし二人でいると抑圧の暗さや鬱屈は自然と薄れる。
インド映画というとキスシーン御法度だと長らく聞いていたが、さすがにいまどき堂々とキスしているのを見せる。なんて言ったら今頃何を言ってるのかと言われるかもしれないが。
いとうせいこう監修による字幕はずいぶん苦心して日本語でも韻を踏むようにしているが、あまりそれを読み取ろうとすると画面が疎かになる。痛し痒しといったところ。