曇、25度、78%
施設にいる義母に最後に会ったのは昨年の10月のことです。圧迫骨折を起こし、かかりつけの病院に連れて行きました。以来、パンデミックで老人施設への入館、面会すらできない状態でした。この10ヶ月、義母の薬は私が代理で病院に取りに行きました。会えませんが身の回りの品、季節ごとに必要な衣類、公の書類を届けるなど月に4、5回は施設に通います。
今月は「介護保険」の申請の月です。施設に入って以来、施設のケアマネージャーさんがその手続きを代行してくれます。3日ほど前にケアーマネージャーさんから電話がありました。「病院での意見書が必要です。病院にお連れください。」特別に外出が許可されることになりました。
病院の予約時間に合わせて迎えに行きました。車椅子で連れてこられた義母はひとまわり小さくなったように見えました。長かった髪が肩ぐらいで切られています。施設に入っても染めていた髪がすっかり白くなっています。目元に力がありません。車の中で久しぶりに二人きりで話しをしました。
気付いてはいましたが、「認知症」が進んでいます。ほんの数秒前に話したことを忘れます。繰り返し施設内で「盗難」があると口にします。「盗難」は実際にあったことではなく義母の思い込みです。私の母でも同じ経験をしています。
病院での医師との面談は触診すらなく私に現状を聞かれるだけのものでした。書類作成上、本人を診たことが必要だったようです。支払いを待合室で待っていると施設から電話がありました。「お義母さん、職員に病院帰りに買い物に行くと言ってるようです。真っ直ぐに連れて帰って来てください。」パンデミックの状態のなか、施設内でのクラスターを懸念されています。「もちろんです。」と答えました。現在は痛みがないので車の乗り降りは以前より上手く出来るようになっています。車に乗るなり、「買い物に行く。」と言い始めました。理由を言っても理解出来ません。繰り返し同じことを問答している間に車で5分の施設に戻りました。
10月には94歳になります。「認知症」が進むのは当然です。施設側が一番困っていることは下の失敗だそうです。「パンツ型のおしめ」では間に合わず、一日中大きな「おしめ」をしています。昨日も粗相した時のために、短い時間の外出ですが換えの「おしめ」とズボンが荷物に入っていました。
施設に届け物をするときは、菓子、果物、花を一緒に届けます。でも全部忘れてしまっています。「認知」が進んでも穏やかに生活出来ること、何かの時には常に人目があり対応を迅速にしてもらえること、施設に入れてよかったと思っています。11月には施設入所、2年目を迎えます。
母、義母と同じ女性の老後を見ながら自分のそう遠くない将来を考えます。寿命が延びた現代、私世代の人たちは同じように自分の老後を見つめているのだと思います。