マリヤンカ mariyanka

日常のつれづれ、身の回りの自然や風景写真。音楽や映画や読書日記。手づくり作品の展示など。

桜は…

2015-04-08 | Weblog
自転車で近くをうろうろするだけで、
こんなにもたくさん桜が在ったのかとおどろくほど、
桜がいっぱい、桜だらけ…

「さくら」の語源には
「さく(咲く)+(やつ)ら」
とか、「さ(田の神)+くら(座)」
などなどいろいろな説があるそうです。

春の初めの農事のもろもろの作業が始まる時期に
ぱーっと咲く桜、
桜に作物の神様が宿っている、と考えるのは自然なことです。
暮らしに根ざしていたからこそ、
日本の各地で大切にされてきたのでしょう。

集落から望む山の所々が白く明るくなってきた…
「あぁ、あの山の桜が咲いたから、そろそろ種を蒔こう、」と思ったかもしれません。

(上の写真は京都、京北町で出遭った桜。市内より少し遅れて満開に。回りは田や畑です。)
実際に日本の各地には、
田植え桜、種蒔き桜、田打ち桜などと呼ばれて、
農事の指標とされる木があるそうです。
あの桜の木の花が咲いたらキュウリやカボチャや枝豆の種を蒔こう、
素敵なカレンダーです。

面白いことに、
コブシが「田おこし桜」などと呼ばれている地域もあるそうです。

(写真は京北町、常照皇寺のベニシダレ、遅咲きです。一昨年撮影。)
パッと咲いてパッと散る
桜のそんな様子を
兵隊の在り方と重ね、賛美した時代がありました。
桜にとっても大迷惑なことです。
桜の神様はなさけなく思ったに違いありません。

「花見」は花吹雪の中、皆で踊ったり、歌ったり、食べたり…
桜(田や畑)の神様を喜ばせるためであり、
春の到来を喜び、平和な一年を祈るためのもの、だったと思います。


コメント
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